#6:決めろ! 私の人生!
「で、姉ちゃんは何がしたいんだ?」
それは単純明快でありながら、その実とても難しい質問だった。
答えは無論、弟に中出し孕ませックスされて責任をとってもらうことだ。だが、その答えは誤答である。
高校生が将来の夢にお嫁さんだとかお婿さんだとかを挙げるのは、間違いなのだ。
だが、これまで彩芽は、それだけを目標に生きてきた。前の人生からの目標であり、人生の道標だったのだ。
だから、路頭に迷ってしまった。
目標をしっかりと見据えているようで、実は自分の人生について全く考えていなかったのだ。
二周目という意識が、前の人生の延長線上にあるという意識が、どこかにあった。
だから、深く考えていなかった。
しかし、もう彩芽にはこの人生しかないのだ。前の人生は、終わったのだ。
自分は、何がしたいのか。彩芽という人間は、何がしたいのか。
自分の人生を見つめなおす時が、来てしまった。
いやでも何がしたいかなんていきなり言われてもわからねえよ。
「……わかんない」
長い思考の末に導き出された回答がそれなのだから、情けない。
「意外だ。姉ちゃんはそういうのしっかりしてると思ってたんだけど」
修司にまでそんなことを言われてしまう始末だ。情けない姉を嫌いにならないで。
「わからないものはわからないし……」
駄々をこねるように、同じ主張を繰り返す。
これではまるでお子様だ。主張から態度まで、まるっきりお子様である。姉がこんな調子では、いけないのだが。
こんな情けない姉の態度に、修司は呆れ返る――こともなかった。
「……じゃあ、それも一緒に考えるか」
その言葉に、胸の奥がきゅんと締め付けられた気がした。
「……うん」
かすかな違和感をかなぐり捨て、彩芽は頷く。
「姉ちゃん、なんか好きなものないの?」
「夕日ロ……フ○ラピュ……姉ロ……うーん……好きなモノか……」
彩芽の好きなもの。
それは一体何なのだろうか?
前の人生から、趣味趣向は大して変わっていない。つまり、姉萌えだ。姉萌え文庫だ。あとチータラ。
だが、この問いに漫画だとかお菓子だとかの固有名詞を出すのは誤答だ。まあ、漫画家やお菓子職人を目指すのなら、話は別だが。
思えば、前の人生の頃から将来に繋がるような趣味は持っていなかった。姉を作るために姉作成機を発明するべく科学者になる……ということも考えられるが、姉萌えで重要なのは姉という概念ではなく一緒に過ごしてきたこれまでの時間なので (原理主義者) 、スナック感覚で姉を生み出しても意味が無い (過激派発言) のだ。
前の人生で好きなものが将来に結びつかないのなら、彩芽になってから好きになったものを頼るしかない。
しかし、彩芽になってから特別好きになったものなどあっただろうか。前の人生では食わず嫌いしていた紅生姜が、食べてみたら意外と美味しかったこと……ぐらいしか思いつかない。
他に何か、彩芽になってから好きになったものはあるか。
必死に頭を回し、記憶領域を巡り、思い当たる節を探す。
不意に、修司の顔が目に浮かんだ。
……多分、目の前に居るからなのだろう。多分、間違いない、そうに違いない。
いやだって男を好きになるとかちょっとありえないだろう。
……待て。
本当にそうだろうか?
もうこちらの人生のほうが長いのだ。
修司だった頃の自分には、もう戻れない。
今の自分は、彩芽で、姉で……女なのだ。
そうだ。
もう、身も心も、女で居た時間のほうが、長いのだ。
ならば、どうなるか。
「あっ……」
視線が、修司に釘付けになる。
胸が高鳴る。鼓動が体の芯から隅々まで伝わるぐらい、激しく脈打つ。
当然だ。あんなに長く一緒に居たのだ。理想の男になるよう、貴重な青春を彼に注ぎ込んだのだ。
好きにならないわけがないだろう。
「なんか思いついた?」
様子の変わった彩芽を見てか、修司は呑気にそう訊ねてくる。
ああ、確かに思いついた。
でもそれって根本的な解決にはなりませんよね?
弟のお嫁さんとか大学選択に関係ない。
いや、逆に考えるんだ。
どこに行ったって別に大した問題はない、と考えるんだ。
目下最大の目的を叶えるために、大学選択はあまり関係ないのだ。
根本的な解決になった!
「……うん、どこでもいい」
彩芽が言うと、しかし修司は渋い顔をした。
「……いや、それじゃ駄目だろ。後悔するぞ」
だが、彩芽にとってそんなことはどうでもいい。
「しないよ。それより、修司はどんな大学に行きたいの?」
質問に質問を返す形になってしまったが、修司にはそれが駄目だと教えていないので、問題はないだろう。ジョジョ読んでないし。
「俺の聞いてどうするんだよ」
「いいから」
不満気な修司を押し切り、答えを強要する。質問返しにキレたりはしない。
「……宇宙開発とか、興味あるかも」
「じゃあ私もそうしよっかな」
「おい……!」
修司の言葉に篭った怒気は、真面目に彩芽のことを考えてくれているからこその怒り。
「大丈夫。私も、ちょっと興味あるから」
ちゃんと考えてくれているというその事実が、彩芽にはとても心地よかった。