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#5:大学!? ちょっと待ってよ考えてなかった!

 彩芽にも、彩芽の人生があった。

 目の前の紙切れを睨みつけながら、沈思黙考する。

 夏休みが終わってすぐに始まった、進路希望調査。去年から何度か行われていたが、どうやらそろそろ本決まりらしい。

 聞けば、友人達は高三に上がった時点で大体の目星はつけてあったらしい。まだ文系ぐらいまでしか絞っていない自分は、かなり遅れているようだ。

 これまでの調査票は適当に書いていたが、そろそろ真面目に考えなければならないだろう。

 しかし、わかっていても、シャーペンを持つ手が止まる。

 わからないのだ。

 大学なんて、どうやって選べばいいのだろうか。

 ここまでの人生、それなりに前の人生を参考にしてきた部分がある。強くてニューゲーム……というよりも、一部データ引き継ぎの二周目、といったところか。

 だが、これからは違う。

 例えるなら、EXステージ。二周目限定の特別ステージ。これまでにない人生が待っている。

 これまであった、前の人生での体験が、ない。

 ヒントのない選択は、怖かった。

 いや、待て。

 前の人生では、いつもヒントのない選択を行っていたはずだ。それで、前の十数年間を過ごしてきた。

 だというのに、今、そのヒントのない選択が、何よりも怖い。

 どうやら彩芽は、この十八年の人生で、とても臆病になっていたらしい。

 どうしよう。

 大学なんて、どうやって選べばいいんだ。

 こういう時は、最も身近な人生の先達である両親に相談するのがいいのだろう。だが、両親は二人共高卒である。大学中退とかではなく、正真正銘の高卒新卒だ。

 なら、親戚はどうか。

 これも駄目だ。

 親戚は、誰も彼もが微妙に疎遠だ。こんな重要な事を相談できる相手は居ない。

 仲が良く進学した先輩は県外に引っ越してしまったし、数少ない友人は皆就職組である。

 担任教師は……中学からエスカレーターだったらしいので多分アテにならないだろう。

 ……それぐらいだろうか。

 弟に責任をとってもらうことしか考えていなかったせいで、交友関係を疎かにしていたのが仇になった。担任以外に気軽に話せる教師が居ないのもその一つだし、仲の良い先輩が全員県外なのも、そもそも人数が少ないからである。無論、友人も少ない。

 困った。

 頼れる相手が、居ない。

「……参った」

 いつしかシャーペンを取り落とし、頭を抱えていた。二十二時からいつものように修司に勉強を教えないといけないのに、全然終わらない。

 提出期限は来週だが、多分この調子で先延ばしにすると永遠に決まらなくなってしまうだろう。

 どうしよう。弟どころじゃなくなってしまった。

 そのまま頭を抱え続けて、二十三時。まずい、もうこんな時間だ。それに、何か大切なことを忘れているような気がする。

 と、不意に鳴ったノックの音で我に返った。

「はーい」

「……姉ちゃん?」

 しまった。

 修司に勉強を教えるのを忘れていた。

 姉がいつまで経っても来ないことに疑問を感じ、直接訪ねて来たのだろう。

「あ、ご、ごめん……。勉強、今から……」

 慌てて立ち上がろうとするが、足を捻って転んでしまった。床は畳なのだが、それなりに痛い。

「いてて……」

 頭をさする彩芽を見下ろしながら、修司は言う。

「どうした姉ちゃん、なんか変だぞ」

「べ、別に……」

 姉の頼りない姿を見せる訳にはいかない。彼の前では、姉は完璧でなければならないのだ。

 完璧でなければ――。

「なんかあるなら……相談、乗るよ」

 こんなこと言われたら、話したくなってしまうではないか。



「大学か……」

 まあ、話しても無駄なことはわかっていた。

 同年代ならともかく、二つも下の相手に話して解決する問題ではない。

 だから彩芽は、最初から修司の存在を考慮していなかった。まあ、そのせいで彼に勉強を教えるのを忘れていたのだが。

「わかんないでしょ、どうせ」

 諦めたような声で言うと、修司は頷く。

「ああ、わからん」

 しかしそこから続く言葉は、全く予想もしていなかったものだった。

「だから、一緒に考えよう」

 一緒に考える。

 そんなこと、考えもしなかった。

「俺もよくわからないけど、でも、一人で考えるよりは、多分、いいと思うから……」

 弟がいいことをした。こんな時、姉はどんな対応を取るべきか。

 無論、頭を撫でて、いい子いい子と褒めてやるべきだ。それはわかっている。

 だが、頭ではわかっていても、身体はどうしてもそうならなかった。

 彼の背中に手を回し、その身を我が身に引き寄せる。

「……ありがと」

 弟を抱擁しながら、彩芽はお礼の言葉を口にしていた。

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