その3
ホワイトモノリス最上階の一室。
広々とした部屋の中央に長大なテーブルが据えられていた。七つあるイスのうち、うまっているのはひとつだけで、相対する位置には寂しくイスだけが並んでいた。
がらんとした部屋に怒声が響き渡る。
「いったい、どうなっていやがる!」
イスの背後に控えていたひとり、マクシミリアンはいらだちを隠そうともしない。巨体を覆う本来白い毛が、怒りに染まった肌の色を吸い上げてうすら赤く逆立っていた。
「落ち着くんだ、マクス」
イスに座った、やせぎすの男が振り返りながら言った。体が弱いのだろうか、男が座っているのはイスではなく車イスだった。毛並みにつやがなく、色合いもくすんでいる。だが、それだけの男ではない。そう思わせるのは彼の目だ。双眸には確かに“偉大な”ジェイラスの面影が宿っていた。
「騒いでも何も解決しないよ」
「そうはいくかよ! こんなふざけた事態、許しちゃおけねえ! “偉大な”ジェイラス……あんたの親父さんに対する冒涜だ!」
「ジュースの行方が知れなくなったのは残念だ。君の怒りも理解できる。だが、まずはコミッションを成功させなければ」
ニコラスは話し終えると前屈みになって激しく咳きこんだ。その背中を優しくさする手がある。
「ありがとう、シャーリー。もう治まったようだ」
ツンと尖った耳と鼻、切れ長の目にお行儀よく並んだ長いまつげ、空気をたっぷり含んだボリュームのある尾。シャーリーと呼ばれた、毛並みに薄っすらと青味を差すキツネは女性らしい魅力に富んでいた。だが誰かの女としてここにいるのではない。それは、さばさばした対等な物言いからもわかる。
「こんな状態じゃ無理だ。それに他のプライムのやつら、一人も現れやしない。もうたっぷり三十分は過ぎている」
「もう、そんなに経つか……」
ニコラスは何もない空間を遠い目で見た。表情はどこか悲しげだった。
「私は“枯れ木”だからね。他のプライムに見限られたのかもしれないな」
彼は自嘲した。
「ニコラス、よして」
「クソッ!」
マクシミリアンが机を拳で殴りつけた。大きな音に部屋が静まり返った。怒りを形にすると、それは消耗されず本人により強い怒りを自覚させる。行き場のなくなった感情はさらにマクシミリアンを焦がしただけだった。彼は荒々しく息を吐き出した。
ドアノブが下がる音に一同は一斉にそちらを見た。プライムが来たのかと期待したのである。扉が開いた。期待通りでなかったことは、この場にいる全員の表情から明らかだ。
入室した、全く見分けのつかないイタチの兄弟に対しニコラスが尋ねた。
「エルとアルか。皆の様子はどうだった?」
合図もなしに二人は同時に首を振った。
「結構な時間は経ったが誰にもジュースを飲んだ兆候はなかった。それに」
「他のプライムが誰も来ないことで緊張が」
「不安もだな」
「相当募っています。メイナードのやつが、なんとか抑えていますが」
「もう限界だろう。不満が爆発するのも時間の問題だ。《モノリス》を見限るような声も」
「ああ、あちこちから聞こえたね。何にしろ、これでジュース探しはより難しくなりますよ」
二人は交互に、しかし全く整合のとれた受け答えをした。見た目は同じであるが、性格にはかなり差があるらしかった。
マクシミリアンがあごをなでた。
「そりゃ妙だな。メイナードの報告じゃあ、誰もジュースは持っていなかったんだろ? ジェイラスのジュースだぞ。飲めばすぐにでも体に変化が現れるはずだ」
「そのとおりだ、マクス。メイナードとエル、アルの報告から得られた情報は極めて重要だよ。ジュースは誰かが持っているのでも、すでに飲んでしまったのでもないということだ」
「つまり、まだ結晶の状態でホワイトモノリスの中にあるんだ」
シャーリーの言葉にニコラスはうなずくと、じっと言葉を待っていたイタチたちに向き直った。
「エル、アル、ご苦労だった。全員を自由にしていい。各自の持ち場へ戻るように伝えてくれ」
エルとアルは顔を見合わせた。
「しかし……いえ、とてもお伝えしがたいのですが」
「このまま自由にしては《モノリス》を去る者たちが出てくるぞ」
「ジュースかコミッション、そのどちらかが」
「解決するまで彼らを軟禁しておくべきだ。状況がよくなれば」
「ええ、考え直す者たちも出てくるでしょう」
ニコラスは即座に答えた。
「覚悟の上だ。去ろうとする者を無理に繋ぎとめてもいい結果にはならないのだからね……」
「そういうことならば」
「承知」
イタチ兄弟はわずかに開けた扉の隙間をすり抜けるようにして消えた。
マクシミリアンは長く息をつくと、
「じっとしていると、やりきれねえ。おれもジュースを探してくる」
声量を抑えて言った。彼の様子は大分落ち着いたようではあったが、内心では煮えくり返っているに違いないのだ。マクシミリアンはやや乱暴に扉を閉じて部屋を出ていった。
「ニコラス……」
シャーリーの不安げな様子にニコラスは、心配ないだとか大丈夫だとか、安心させるような言葉をかけるべきか迷った。結局、ニコラスは何も言わず、彼女の頭にポンと優しく手を置いた。




