エピローグ:【都合の良い環境】
本日2話投稿の2話目です。
召喚の日から五年。
異界からの召喚者、【世話焼き勇者】こと吉沢奈美樹は、有り得たかもしれない今と対面していた。
自身と相手のみが席に着く会談の場で、それぞれの護衛官に囲まれて。
文化の差による安易な知識チート、情報チート。
選んだ道は同じだった。億分の一にも満たない、か細い可能性を求め、引き当て、この世界へと召喚されたまでは同じだった。
「俺とお前は、蝦蛄の表と裏のような物なのかもしれないな」
奈美樹と同じ程の年恰好、黒髪黒目の男が呟いた。
「もしくは牡蠣の表と中身のような物なのかもしれないな」
何故そんな気持ちの悪い感じの比喩にするのか。酷い風説の流布だ、と奈美樹は思う。
しかし、その言い分は納得できないものでもない。
彼は、「異世界に召喚されたら政経の知識で内政チートして逆ハーレム作りたいなあ」等という馬鹿げた妄想のために全力で努力を重ねてきた奈美樹と同様、「異世界に召喚されたら料理技術だけでハーレム作りたいなあ」等という馬鹿げた妄想のため、腕を磨き、知識を深め、常に鞄に味噌と醤油と麹菌を忍ばせ持ち歩き続けた、単なる夢見がちの度が過ぎただけの少年だった。
召喚された時に目の前にいたのが、為政者として、王族としての常識を持った教王であったのは、奈美樹が彼と比べて不運だった点かもしれない。
初対面の姫を料理で籠絡し、姫の権力で武官や文官を勢力下に置き、王侯貴族を抑えることで国民を懐柔し、解放した奴隷を国民に受け入れさせ、奴隷解放で増大した武力で敵対国を傘下に置く。
その時々で彼の勢力は増し、ハーレムは拡大した。既にハーレムメンバーだけで国が回せるだけの人材が揃い、今彼の背後で威圧を放つ護衛達もまた、彼のハーレムメンバーだ。
そして遂に、奈美樹の身を置くエスクード教国らの勢力に対しても、彼らは手を伸ばすに至ったのだ。
「料理技術、最初の一歩目でしか使ってないじゃないですか」
もしそれが「料理技術を売りに異世界で成り上がる」という触れ込みで始まった物語だったとすれば、奈美樹なら奴隷解放辺りで読むのをやめていただろう。
しかし、人生は作り話ではない。特に自分自身の人生ともなれば、気軽にブックマークを解除することもできないのだ。
「誰かを救うことで、別の誰かを救えるのがハーレムだ」
彼はそのような格言でお茶を濁すことを心得ていた。
人の言葉を鵜呑みにして思考放棄することを心得ている奈美樹は、ただ、成る程、と頷く。
「【世話焼き勇者】。俺のハーレムに入れ。そしてこの世界を統一しよう」
それはあまりにも不躾な申し出であったし、奈美樹は反射的に鼻に指を突っ込んで白目を剥く等してクラウンジュエルを実行しようと考えたが、落ち着いて考えてみればそれにも及ぶまい。
手当たり次第に縁談を結ぶことで、国家間にエスクード教国を中心とした同盟関係を作り上げた奈美樹の勢力は、今や大陸の七割を覆う。インサイダー取引で稼いだ莫大な個人資産は、小国の全財産すら上回る。
自身を中心としたハーレムの拡大によって力を付けてきただけの【逆玉勇者】など、あらゆる面で恐るるに足りないのだ。
確かに、国家間の関係調整に奔走し続け、「ゆっくり会うこともできない」という理由で二年間付き合っていた恋人と破局したばかりの奈美樹は恋愛面で敗北してはいるように見える。しかし、重婚が認められないこの世界において、相手とて「明確な正妻を決めない都合の良いハーレム」という状況を維持するため、実際にはハーレム構成員の誰とも正式な婚姻関係にあるわけではない。
「お断りします」
奈美樹は薄い笑みを浮かべて拒絶する。
相手の護衛の女達の表情が揺れた。
「世界の統一による平和を望む気持ちは同じなんですから、それぞれの方法で頑張りましょう!」
こいつのハーレムメンバー、全員に縁談持ち込んで事業再構築し、空洞化に追い込んでやる。
そんな、逆恨みを込めた思いを胸に。
以上で完結となります。
ありがとうございました。