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【友達の弟】

本日2話投稿の1話目です。

 前回までのあらすじ、と、王宮メイドのイザベルは心の中で独り言つ。


 三軒隣の国家、ギルバー帝国の新任皇帝バルトルト四世が、何をトチ狂ったか、突然「魔王」を自称し、近隣諸国を侵略し始めてからたった二年。帝国は異世界から召喚した勇者の力を借りて常軌を逸した猛進撃を繰り広げ、我がエスクード教国もまさに風前の灯といった状況。追い詰められた教国は止せばいいのに、ぼんやりとした記述の古文書をベースにし、四十名の殉教者を生贄に異界間人体召喚術を行使し、異界の勇者を呼び出した。


 呼び出されたのは【空論の】ナミキこと、ナミキ=ヨシザワ。「政治経済」や「倫理」と呼ばれるぼんやりした学問を究めたと自称する、武に智に優れぬ唯の人である。

 教王を前にしてその無能を晒した勇者ナミキは王城でのしばしの軟禁生活の後、少し外出した隙に城を締め出され、その日に知り合った民間召喚士の庇護を受け、城下の宿へと身を寄せることとなった。


 生きた人間を召喚できる代わりに融通の利かない宮廷式召喚術を用いる国家召喚師と違い、アダムの召喚術では、召喚元の大まかな十三次元座標と対象の名前さえ分かれば、それを正確に呼び出せる。サイズは小さめのトランク程度、また、何らかの理由により召喚された物質は数十年程の経年劣化を受けるらしいので、「保存性とサイズの限定された無生物」という条件はあるものの、この民間召喚士の能力は、書籍や制度の名前とぼんやりした知識のみを有するナミキとは極めて相性が良い。ナミキはその召喚士の協力を得て彼女の世界の書物を呼び出し、その進んだ内政知識を活かした社会貢献をすることになる、というイザベルの想定を、見事に、裏切った。


 何故か。


 ナミキとその召喚士、アダムを引き合わせたのはイザベルだ。ナミキの世話係として付けられたイザベルは、何だかんだで彼女へ情が湧いたのだ。

 異世界から無理やり呼び出された勇者を一生飼い殺しにするのも忍びないし、それどころかナミキの将来は、穀潰しとして暗殺されるか、その前に教国が滅ぼされて王族とまとめて処刑台に送られるかの二択であった。

 早々に城の外へ出してしまえば、王も重臣もこれ幸いとそのままナミキを締め出してしまうことは予想もついたし、要するに、信頼できる庇護者へ送り付ければ、ナミキの身の安全は一先ず守られる。城の外にいれば、この国が攻め滅ぼされても、幾らでも逃げ様があろう。

 上手くナミキの能力を活かしきれば、国が亡びずに済む可能性も、皆無とは言えない。


 ナミキをアダムの下に送る前にイザベル自身が赴いて、その召喚術でナミキの知識を活用するようには伝えておいた。間違いなく伝えたはずだ。

 近頃休日などによく共に出掛けるようになったアダムからも、「うまくやっている」と聞いていた。

 にも関わらず、一ヶ月後、イザベルの耳に届いたのは妙な噂だった。


 【世話焼き勇者】ナミキ。


 何だその二つ名は、と調べてみたところ、どうもナミキは、アダムの店に軒を借り、恋愛相談所のような商売を営んでいるらしい。

 曰く、特にアドバイスが画期的なわけでも、カウンセリングの技術が高いわけではないが、実際紹介してくっついたカップルは全部うまくいく。こいつはダメだな、と思った相手は仲介することもないし、仲介を断られた逆恨みからは、過去の顧客が守ってくれる。

 そうした実績により、城下で人としての信頼が高まり、今では「勇者の紹介なら」という補正がかかり、更に成功率が高まっているという話だ。


 その【世話焼き勇者】ナミキの第一にして最大の業績は、城下町でも有名な堅物王宮メイドへの、半分無色のような自営業召喚士の片思いの取り持ちだというので、当の王宮メイドは頭を抱えた。

 以前アダムが持ってきた不思議な細工の布の髪飾り、なるほど、あれは異界の産物であったか。


「答えの見えている道を、敢えて外すとは」


 彼女は知らなかった。イザベルの想像以上に頭の悪い人間は頭が悪いのだ。

 全ての人間が説明書を読めるわけではないし、「ここから左へまっすぐ行って、突き当りを右です」と道を教えた相手が、礼を告げた一歩目から右に歩き出すこともある。


「あの子を付けましょう。どうせ暇でしょうし」


 国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務するのが公務員の義務ですし、と小さく言い添える。

 職務の遂行に当っては全力を挙げてこれに専念せねばならない点については、試験に出ることもほぼないため、奈美樹がうろ覚えだったのだ。



***



「僕も暇なわけじゃないんですけどねぇ」


 ジルベルトは姉の姿が完全に見えなくなり、大声を出しても届かない程度にまで離れてから、そう呟いた。

 事実として彼は多忙の身である。法務局次長という肩書はこの国では責任と実務と政争のバランスにおいて最も面倒臭いとされる役職なのだ。その業務には次官級以上からの直接の使い走りとなる視察や査察、こちらから出向いての交渉も含まれるため、城勤めの文官としては珍しく城外に出ることが多い。

 それ故、姉が城外に出られない時には、彼が適当な仕事を捏ね上げて使い走りにされることが、ままある。今回の件もそうだ。


「ジルベルト=ダグラス=ペレイラ。イザベルさんの弟で、高給取りだ」

「ジル……ダグ……ペレ……あー、あ、国内総生産ですね!」


 覚えやすいのか覚えにくいのかわかりづらい名前を聞いた奈美樹は、イザベルさんて苗字あったんだなあ、なんてことを考えていた。相手は友達の弟のようなものだし、基本的には紹介されても「そうですか、よろしく」と答えて以降よろしくすることもない人物だ、との認識しかない。

 アダムにとっては近い内に義理の弟になろうかという相手ではあるが、明確にイザベルの下位者である以上、反対されても何の影響もないのだから取り入る必要等もない。ジルベルト自身に対して隔意もないが、顔見知り以上の好意もない。


「お互いのためにも、とっとと要件を済ませるか」

「そうですね。ではまず、お相手はどんな方なんですか?」


 奈美樹とアダムは縁結びの恋愛相談に移行した。


「? お相手とは?」


 ジルベルトは状況についてゆけない。姉からの依頼は、わけのわからないことを始めた召喚者と召喚士にツッコミを入れてこいという旨のものであった。ボケを被せられて対応できる程の技術など、幼少期から今まで高偏差値環境下で育った高級官僚の彼には、身につく機会がなかったのだ。


「こいつはあれだ、確かうちの国の第三王女だな」

「逆ざや狙い! アダムさんそういう情報何処から仕入れてくるんですかね」

「召喚した」

「便利ですねえ」


 この段でジルベルトが口にできるのは、「それを言うなら逆玉では」という程度の指摘がせいぜいであったが、口にした所で状況が好転するとは思えない。

 困惑の間に内情を引き出され、いつのまにか一ヶ月後のプロポーズ計画が立ち上げられていた。



***



 異界の召喚者との邂逅の一ヶ月後、ジルベルトは衆人環視の中、自国の第三王女へ熱烈な告白をさせられた。告白自体は王命でポシャッたが、王女当人からの評判は上々であったらしい。

 その少し後に始まった隣国との戦争で、隣国の召喚した勇者により王と王位継承の上位陣が次々に暗殺された際も、女教王となった元第三王女の王婿として選ばれたジルベルトは、為政者としての教育を受けて来なかった女教王に代わり、実質的な国政の多くを担った。彼の姉は財政及び立法顧問として様々な画期的な政策を打ち立て、国内における女性の地位を向上させる動きの嚆矢となり、後世にも男女同権運動の象徴的存在として語られる。

 なお、件の隣国の勇者については、義兄である召喚士に心臓を召喚されて即死したとのことである。

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