【愛想のない話し相手】
家具だけは豪華だが、花や額どころか、外の見える窓もない部屋。そのベッドの上でふて腐れ、寝返りを打ち続けている少女は、名を吉沢奈美樹という。
このエスクード教国では珍しい黒髪黒瞳に黄色味を帯びた肌だが、彼女の生まれた国では何の変哲もない取り合わせだ。むしろ、この国の王族や貴族、それに今部屋の隅で胡乱気に奈美樹を見つめたまま控えているメイドのような、金髪にカラフルな瞳の色の方が珍しく思われたほどだろう。
「ナミキ様。お布団が乱れると直すのが手間ですので、そろそろお控え願えますでしょうか」
四十人の殉教者の魂と引き換えに召喚された救国の英雄――となるはずだった異世界人は、とんだ役立たずであった。武器も振るえず、魔力もなく、本人一押しの異世界知識も使い道がなさそうだったのだ。しかし呼んでしまったからには、下手に殺したり傷付けたりすると、神からの裁きが下って、摂理的に国が亡ぶ。故に、一応賓客として遇しはするが、その扱いはわりと適当で良い。それが、メイド長に与えられた指示だった。
この指示をぬかりなくこなすのに最適な人材として、メイド長から直々に選ばれたのが、このメイドの女ことイザベルである。
そんな奈美樹とイザベルの生活は、既に七日目に入っていた。
「イザベルさん。何か面白い話してよ」
「私の面白い話は出し尽くしました。ナミキ様が面白い話をしてください」
寝ている時間を除けば、ほぼ丸々七日も同じ部屋で二人きりで過ごしていたのだから、このいけぞんざいな対応にも奈美樹はたじろがない。寝転がっていたベッドから立ち上がり、
「戦国時代の経済政策に、楽市楽座ってのがあってね」
共通の話題も少ないからと、王と重鎮達に切り捨てられた話を、イザベルに事細かに話し聞かせた。
「ザ・トイマルというのは、こちらで言うギルドのようなものですか」
「あ、そうだったんだ。ギルドって異世界っぽいね!」
無邪気に感心する奈美樹を無視し、イザベルは顎に手を当てて考え込む。
「無税により商業を活性化させ、人を呼ぶ……人頭税でも取るのでしょうか? いえ、完全なギルドの解散はせず、医薬や建築のような非市場業種のみに権益と課税を残す手もありますね。国民の収入は総じて増加しますから、酒税や煙草税のような嗜好品からむしりとる分には比較的反発も少ないでしょう。自由経済なら物価は低下するでしょうから、ああ、販管費や軍事費を始め国庫の負担も大幅に削減されますか……」
インテリだ。奈美樹は驚愕に身を強張らせた。
思えば、イザベルは初対面からクール系の立居振舞をしていた。クール系ならばインテリだろう、と納得する奈美樹は直情系だった。
「イザベルさん、すごいね。政治家とか文官とかやらないの?」
「はあ。ナミキ様の世界では女性でも国務や執政に関われるのですね」
常識の違いを一言で理解するのは極めて異常な思考と言えるが、この場の二人はそんなことには気付かない。イザベルにとってそれは疑問に思うまでもないことだったし、奈美樹にとっては疑問に思うまでも状況を理解していなかったのだ。
「どの道、私程度の能力では何もできませんよ」
「いやー、お城の偉い人ってみんな、楽市楽座の凄さも全然わかってなかったし」
「それはナミキ様ご自身の理解度と説明能力の問題では? 先の私の言葉は、断片情報を元にした単なる想像ですので」
へらへら笑う奈美樹をぴしゃりと遮るイザベル。
確かにその通り、と奈美樹は納得し、神妙な顔で頷いた。
イザベルは、フン、と鼻を鳴らしてベッドのシーツを整える。
「せめてナミキ様の仰る論文なり政治哲学書なりの原本でもあれば、何かの役には立つのでしょうが……ああ、そうですね。そうしましょう」
表情を変えぬまま虚空を眺めつつ、イザベルは自分の中で話を完結させる。
「その、一人で納得して話進めるのやめない?」
この七日で何度となく見たイザベルの奇行に、何度目かの指摘をした奈美樹は、
「ではナミキ様、手続きをして参りますので一旦失礼します」
と綺麗に無視されて、ひとまず、ただ儚げに微笑んで返した。対するイザベルは表情ひとつ変えなかったが。
そうして一方的にお辞儀をして、部屋を後にするメイドを見送ると、奈美樹は再び、ベッドの中へ倒れ込んだ。