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夜が長いと

作者: 竹仲法順

     *

 その日も午後九時を回っていたのだけれど、ずっと待ち続けていた。夫の拓弥(たくや)の帰りを、である。普段夫は仕事で会社に行っていて、夜は午後九時半過ぎとか十時前にしか帰ってこない。それでも食事を作り、妻として待っていた。

 玄関先で物音がする。そして声が聞こえてきた。

「ただ今」

「ああ、あなた。お帰りなさい。……ずっと待ってたのよ」

「そう?普通に食っててもいいよ。こんな時間しか帰ってこれないからな」

「あなた、疲れてない?」

「うん、多少ね。だけど、お前だって疲れてるだろ?」

「ええ。でも、あなたは会社では係長でしょ?係長夫人としてのプライドはあるんだからね」

「そんなこと、言わなくてもいいのに」

 拓弥がそう言ってネクタイを取り、ワイシャツを脱いで部屋着に着替える。そしてキッチンで手を洗い、グラスに水道水を一杯注いで飲む。あたしもずっと座っていた。夫がテーブルに就くまで。

     *

史恵(ふみえ)

「何?」

「もっと楽しくやろうよ。頑なにならずにさ」

「楽しくって……肩ひじを張らないようにってこと?」

「うん。別に気にし過ぎる必要ないって思うよ。俺もいくら係長でも、肩書きなんか、ほとんど気にしてないし」

「分かった。……ひとまず食事取りましょ」

「ああ」

 夕飯に拓弥が好きな肉料理を一品作ったのである。工夫を凝らすのだ。何を献立にすればいいか、常にレシピをネットなどで見ていたのだし……。キッチンにタブレット端末を持ってきて、料理することもあった。今は便利な時代だ。料理を作る合間に、端末で読書などをしたりもする。

     *

「これ、美味いね」

「そう?自信なかったけど、あなたの口に合ったみたいでよかった」

「俺なんでも行けるよ。別に肉料理でも、魚料理でも、中華料理でも」

「いつもお昼何食べてるの?」

「大概、下の連中とランチ店とかに食事取りに行くよ。社のすぐ近くに店があってさ」

「確か、あなたの会社、オフィス街の裏手になかった?」

「うん。だけど、昼になれば普通に食事出来るし」

 夫はいつも朝はトーストとカフェオレで済ませるのだけれど、それで昼まで持つというのが不思議だった。本人が言うには、朝は空腹を覚えないらしい。あたしなんか、朝しっかり取っておかないと、午前中の時間帯にやる掃除や洗濯などが出来ない。普段ずっとそうしているのだ。家にいる間は家事をこなすか、ネットをすることが多く、テレビを見ることもあった。昔からずっとお昼の二時間ドラマを見続けている。午後二時ちょうどに始まり、四時前には終わるから、それから夕食の支度をするのだ。特に料理は拓弥に気を遣い、なるだけ味のいいものを作るようにしている。

     *

 今の生活に十分満足しているのだった。子供はいないのだけれど、別にいいのである。確かに夫婦二人だけだと、何かと物寂しい。だけど夫が帰ってきたら、揃って食事を取る。拓弥も疲れているようだった。通勤に使う電車の中でスマホを見たり、タブレット端末を使ったりしていて、ずっと臨戦態勢のようだ。

 でも、家に帰ってきた時は幾分和んでいるようだった。普段係長で、社内では忙しくしている。察していた。きっと尋常じゃいられないだろうなと。拓弥が、

「史恵、飯食ったら一緒にお風呂入ろうよ」

 と言った。

「ええ。あなたも疲れてると思うし」

 夫は妻であるあたしをフォローする力には長けているのだ。そう感じていた。日長一日家にいて、何かと倦怠しがちなあたしを助けてくれる。拓弥が、

「無理するなよ。いつでも俺に寄りかかっていいからな」

 と言ってくれた。そして食事を取り終え、揃ってバスルームへと向かう。風呂場の出入り口で互いに裸体になり、ゆっくりとシャワーを浴び始める。年中シャワーだ。別に抵抗はない。確かに手足が冷えたりはするのだけれど、別に気にしてなかった。そう長く時間を掛けずに短時間で髪や体を洗ってしまってから、タオルで拭いて風呂場を出た。

     *

 ドライヤーで髪を乾かしてしまうと、夫が、

「今からセックスしようよ」

 と言ってきた。

「うん。……甘えてもいいの?」

「ああ。俺もお前とは夫婦だからな。別に抵抗ないよ」

「ありがとう」

 そう言って抱きつく。拓弥の腕に抱かれ、包まってしまってから、ベッドの上で熱く抱き合う。抱擁を交わすと、とても心地いい。夫が性的に強いのは知っていた。同じ人間なのだけれど、ここまで違うのかと言ったぐらい……。

 ベッドの中に潜り込む。体の各所を愛撫されながら、普段の倦怠を忘れてしまった。ゆっくりと交わり続ける。こんなに熱くなってしまうのはなぜだろうなと思いながらも……。

 達してしまった後、体が火照るように熱くなったのを感じた。冬場だったのだけれど、夏の気温のように体温が上がる。そしてベッドの上でゆっくりと荒い呼吸を繰り返した。サイドテーブルには、いつも水の入ったペットボトルを一本置いている。渇きを感じた時、飲むのだ。秋冬でも脱水症状になることはあるのだし……。

 明日も拓弥は普通に仕事だ。あたしも思っていた。ずっと仕事ばかりしていて、部下たちを率いていると、きついんじゃないかと。だけど、それは気にし過ぎなのかもしれなかった。夫も昼の食事休憩の時間になれば、ゆっくりしているだろうと。もちろん外食で味付けの濃い物を食べているだろうけれど、人間だから栄養を取らないわけにはいかない。

 夜の長さをやけに感じていた。きっとこれが初冬の夜なんだろうなと心の中では思っていて。脇にいる拓弥はすでに眠りに就いたようだった。あたしの方は気分が高揚し、なかなか寝付けずに困っていたのだけれど……。

                                (了)


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