第三章:怒りと海
第三章:怒りと海
1.
朝、俺はいつもより一時間近く早く目が覚めた。
カーテンを開けて窓の外を眺める。
ふと思い出すのは弱々しく微笑む女の子の事。
あいつは今日は立ち止まらずにいれるのだろうか。
初めてあいつと会ったあの坂。
あいつは、俺が話しかけていなかったらどうなっていたのだろうか?
考えるのを止めて居間に下りる。
リビングのソファには親父が寝ていた。
テーブルには煙草とビールの空き缶が散乱している。
紅葉はこの家にはいない。
10年程前に母さんが死んでから、近くの親戚の家で暮らしている。
金に困っている訳でもないが、男手一つで二人の子を育てさせるのには
無理が有ると考えるのは妥当な話だろう。
それでも妹は俺たちの心配をして、たまに家に来ては掃除や家事を行う。
気は進まないが俺は父親に近づいて肩を揺する。
「おい、親父。寝るなら横になったほうがいい。自分の部屋で寝ろよ」
できるだけ明るく声をかける。
すると、親父は目を覚まして俺に言う。
「あぁ、友哉。悪いね。すっかり散らかしてしまった。今、片付けよう」
気力の無い目で俺を見る。まるで、他人と話すように。
手を握り締めて、早歩きで自分の部屋から鞄を取って来る。
まただ。またこうやって……。
何も言わずに家を飛び出す。
いつもそうだった。
親父はあの日から、俺に他人のように接してくる。
俺は嫌になって逃げ出した。ずっと逃げていた。
校門まで来て、引き返す。
いつもより一時間も早く来てしまった。
波音が聞こえる。それは、優しくて、胸の置くまで響いて、聞いていると落ち着いた。
気が付くと砂浜に立って、海が奏でるその音に聞き入っていた。
「何をやってるんだろうな。俺は……」
独り呟く。
これは苛立ちとはまた違う感情だった。
孤独。とうとう俺はそんな物にまで纏わりつかれているのか?
頭の中で自問自答を繰り返す。それは、いつからか癖になっていた。
ザッ、ザッ、ザッ………
砂を踏む音。俺はそれもを無視して海を見つめる。
どうせ誰も俺なんかを気にも、必要ともしていない。
この足音も俺には関係の無い物と思っていた。
でも、違ったんだ。
「藤崎さん、おはようございます」
屈託の無い笑顔を俺に向ける少女が、そこには立っていた。
俺の隣に並んで海を見つめている波音を、俺はしばらく横目で見ていた。
いや、ほんの少しの間だったのかも知れない。それでも俺には長く、長く感じた。
「こんな早くに、どうしたんだ?」
やっと気持ちが落ち着いてきた俺が、波音に問う。
肩に届く位の髪が、潮風で揺れているのが目に入る。
「たまに、少し早く家を出てここに来るんです。考え事にはちょうど良いですし、
気分転換にもなります。 それより、藤崎さんこそどうしたんですか?」
話せば、俺は楽になれるのだろうか?
何故か、こいつになら何でも素直に吐き出せる。俺はそんな気がした。
気が向いたら。それは俺自身が言った事だ。でも、まだどこかに迷いがある。
「たまたま早く起きたんだ。い、家にいたってやること無いしな」
嘘は吐いてない。なのに、俺は微かに罪悪感を覚えた。
そのまま、少し沈黙が続く。
波音は静かに海を見ていた。ただ、俺の言葉を聞いて少しうつむいたのを俺は見た。
腕の時計に目をやると、まだ学校に向かわなければならないまで三十分以上時間がある。
ため息をついて、波音の頬を手加減をしてつねる。
「ふぇ?い、痛いですよぉ、藤崎さんっ」
俺が手を離してやると、波音は女の子らしく頬をさする。
とことんお人好しと言うか、なんつーかなぁ。
「あんまり楽しい話じゃないし、少し長くなるから、聞き流したければ……」
「聞き流したりしません」
返答速度、約マイナス三秒。
「はっきり言ってくれるな。まあ約束だしな。じゃあ……」




