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流れのまま、俺は食卓に座らされる。
なんだ、この状況は?等ともちろん思った俺だが、
この状況を空気を読んでなかなか打破できない。
「いやぁ~。渚が友達を家に呼ぶなんて初めてか、かなり久しぶりだよな?
なあ?茉莉。あー、こいつは俺の嫁だ。キレーだろ?やらねーぞ?」
オッサンが相当若く見える女性を指差す。
波音の母親?にしては若いな。あいつの姉貴って言われても気付かないかもな。
「海渡さん。それも男の子なんて、彼氏さんでしょうか?」
海渡。オッサンこと、波音の父親。
「なんだと!?テメェ!渚はおまえなんかには渡さねぇ!」
どうしたらそんな話になる?
「もう!お父さん、お母さん。藤崎さんは私の友達です」
少し顔を赤くして、恐らくキッチンと思われる方から料理を待ってくる。
よかった。波音がまともで。
何故か、これも流れで俺はここで夕飯を頂く事になった。
このアットホームな感じに、俺は馴染めずにいた。
居心地が悪い?違う。こんな環境で飯を食べるのは久しぶりだからだ。
ずっと暗い俺に、ここの人達は、まるで本当の家族のように接してくれた。
ご飯が無くなると、茉莉さんがおかわりがいるかを聞いてくれる。
オッサンがその場にいる全員を笑わそうとする。
別に、こういう雰囲気が嫌いな訳じゃない。
それでも、俺には、どうしても自分が場違いに思えた。
この時間は、長くも、あっという間にも感じた。
手厚い歓迎を終えた夜。
俺は暗くなってすっかりわからなくなった道を、
波音に案内してもらう事になった。
「賑やかで、良い両親じゃないか」
俺が波音に話しかける。
彼女は、出会った時よりも、ずっと明るく見えた。
「そうでしょうか?楽しいですけど、大変ですよ?」
確かに、あの異様なまでに元気な父親と、天然の母親を持てば、苦労する事もあるだろう。
俺は出来るだけ明るく振舞って話を続ける。
「あんなに雰囲気のいい家庭はそうはないだろ」
心からそう思う。
だからこそ、俺はこんな思いをしているのか?くそっ。
「あの。藤崎さん、さっきから無理して笑っていませんか?私の家にいる時から。
何か失礼でしたか?それとも、無理矢理引き留めたのを怒って……」
「違う!」
つい声を荒くしてしまった。
そんな俺を見て、波音がうつむいてしまう。
今度は自分を出来るだけ抑えて答える。
「違うんだ。俺はただ、疲れちまっただけだ。何でも無い」
波音はうつむいたままだ。
こいつは思ったより鋭い。
さっきみたいに俺の心中を見透かしているのかもしれない。
いや、恐らくそうだろう。
それでも、波音は俺に笑って続ける。
「そうですか。なら、いいです。でも、出来れば……
今度は本当の事を話して欲しいです。その、私は藤崎さんの友達、ですから」
やっぱりな。俺は思う。
こいつは弱気な所もある。でも、芯はしっかりしていて、周りを気遣う。
こいつは、本当は強いんだ。俺が思う以上に。
「気が、向いたらな」
何言ってんだ。俺は。
「もういいや。ここまで来れば道はわかる。あんがとな」
見覚えのある通りに来た事に気付いて、礼を言う。
その時、ある事を思い出す。
「おっと。ほら、水筒。昼間は助かったよ」
鞄から水筒を取り出して手渡す。
「あー!えっ、ありがとうございますっ。わざわざ」
震える手で波音が水筒を受け取る。
変なヤツだな。
不思議に思った俺は、どうした?と彼女に聞いてみる。
すると、波音は一応答えたらしいが、声が小さくてよく聞こえない。
「なんだ?もっとはっきり言えよ?」
何故か、波音が固唾を呑む。
「その、か、かんせつ……」
間接って、何が?
首を傾げる俺を見て、波音はあやふやと言葉を発する。
「その、だから、ですね。私も藤崎さんが飲む前に、そのす、水筒を……」
モジモジ話す波音だが、俺もようやく意味を理解する。
あー。なるほど。間接キスの間接かぁ……え!?
「って、マジでか!?」
「マジです」
「冗談でした~、みたいな落ちは?」
「ありません…」
数秒間の沈黙。
汗が噴き出してくる。
波音を見てみると顔が真っ赤だ。
「わ、悪い。その、気付けば良かった……」
場の空気に耐え切れずに心から謝る。
「あ、いえその。わ、私もう帰らないと!お父さんに怒られちゃいます。おやすみなさい!」
一回も目を合わせずに早歩きでその場から波音が逃走。
俺もそのまま家路に着く。