3.
お待たせしました!
3.
ぱっと目を覚まし、窓から差し込む朝日に目をくらます。
いつものように、起き上がった後に伸びをして、枕元に置いてある時計で時間を確認する。
そして、これもいつも通り、月曜の朝。ちょうど校門が閉まる時間だ。
「って何ぃぃぃィィぃ⁉」
驚きのあまり、マンガのようにベッドから飛び降りた。
パニックのまま急いで仕度をする。なんと、ズボンとシャツを同時に着ることに成功した。勢いとは恐ろしい物だ。
更に、流れで言うとパンをくわえながら「しまった、遅刻しちゃうよ!」とでも言うべきなのだろう。
だが、生憎そんな時間もキャラも持ち合わせてはいない。
制服を着るなり、鞄を抱えて玄関に向かう。
「友哉、おはよう……そんなに焦って、遅刻かい?」
ドアを開けたところに、親父が立っていた。やはり、気力の無い死んだような笑みを浮かべて。
その顔を見た瞬間に、俺の頭の中が真っ赤になった。
今日は、昼休みになったら急いでB組に行って、波音と一緒にパンを買いに行こう。そしたら、すぐに教えてやるんだ、資料室の事を。
そんな思考全てが赤いペンキで塗り潰されたようだった。
「行かなくて、良いのか。先生に、怒られてしまうんじゃないかい?」
表情も一切変えずに、ずいぶん色々と言ってくれる物だ。
右脚がズキズキ痛む。それでも、その脚に触れないように、弱みを見せないように、両手を握り締めた。
「……どいてくれ」
自分を押し殺して、やっと言葉を発する事ができた。
「あんまり、焦り過ぎる物じゃない。事故なんかに会ったら……」
「どけよっ! ……何度も言ってるだろ。今更、父親面すんなよっ……。あんたはもう関係無いんだ。俺にも、紅葉にもっ……母さんにも」
それだけ言うと、俺は親父を無理矢理押し退けて、早歩きでその場を離れる。
俺は知っていた。最後に言った事こそ、あの人に最も効果がある言葉だ。
すれ違った時の顔。
堪え難いほどの苦痛に顔を歪ますような……。
思い出すだけで不愉快だった。
ため息をついて、学校に向かう。時々、舌打ちをしながら。
「おはようございますっ、藤崎さん」
うつむいて歩いていたら、急に話しかけられていた。前をみると、すでに学校前の坂に着いていて、波音が俺に笑いかけていた。
時が止まったようだった。ずっと静止している俺に、波音が駆け寄る。
「昨日、夜更かししてしまいました。ヨットの構造って、思っていたよりずっとおもしろいですっ」
また、笑顔。
かろうじてうなずく。
「そうか……」
「……藤崎さん、どうかしたんですか?」
「…………えっ?」
波音が俺の顔を覗き込む。
「声をかける前まで、少し怖い顔をしていました。お家で、何かありましたか?」
鋭いヤツ。
「ああ……いや、俺は大丈夫だ。それより、早く行こうぜ。どのみち遅刻だけどさ」
いつの間にか落ち着き払っている。でも、大して驚きはしなかった。
明確だ。波音のおかげなんだ。この前から思っていた通り、俺が、支えられてるじゃないか
「あのっ。授業中に教室に入るなんて、私には無理です……。考えるだけでも倒れてしまいそうですっ」
本当に目眩がしているように額を手で覆う少女を見て、俺は軽く吹き出す。
「じゃあ、休み時間まで待とうぜ? 一応、朗報もあるしな」
波音の頭に手を乗っける。
「ならっ、海に行きませんか? 行きたいです、私。えへへ……」
波音に。その笑顔に救われた。やっぱり俺達は一緒に歩いている。それを改めて思い知った。
「おっ。いいな、それ。行くか」
「はいっ、ありがとうございますっ!」
俺が歩き出すと、波音が小走り気味にピョコピョコついてくる。
穏やかな潮風が吹き、波音の髪が揺れる。
俺は、こいつと一緒にいる時だけが、それらしく生きている気がする。
海に着くなり、俺は砂浜に座り込み、波音はいつものように俺のやや前に立ち、静かに波に揺れる海面に見入る。
辺りに響き渡る波の音を聞きながら、手元にある砂を撫でる。
「渚………………」
「えっーーーー?」
波音が俺を振り返る。
目が合った途端に、挙動不審に陥る俺を、波音は驚きの現れた顔で見つめている。
「あっ、いや。ほらっ、砂浜のことっ……」
咄嗟の言い訳だったのか。それとも……。
「びっくりしましたっ。私、てっきり名前で……」
言いかけて、少女は頬を染め、そのままうつむいてしまった。
その後俺達は、終業のチャイムがなるまで、一言も話す事は無かった。




