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2.

2.


四時間目終業のチャイム。

それが鳴り、教師の礼が済むと同時に俺は教室を出て、急いで購買に向かう。

そのために廊下の角を曲がろうとした時に、なんとなく野田の顔を思い出す。

少しその場で考え込んだ後、俺は一人でうんうんとうなずく。

……これからは野田に尾行されてないか確認しよう。


購買に着き、早速俺は人混みを掻き分けてパンを買うために突き進む。

その途中で見覚えのある頭を見かけて声をかける。

「おまえも今からパンか?」

「………………」

返答が無い。

まるでこれっぽっちも自分が他人に話しかけられるとは思っていないような無視っぷりだ。

ため息をついて俺はその少女の肩を小突く。

「おい、波音っ。俺だっつの」

波音がこちらを向いてコンマ数秒。

「藤崎さん!び、ビックリしましたっ。ど、ど、どうかしましたでしょうか?」

「いや、口調おかしいから、落ち着け。どうせ一緒に食うんだから、このまま行こうぜ」

苦笑しながらなんとか波音を落ち着かせて、俺が笑い出す。

そこで、突然誰かに話しかけられる。

「おやおや、珍しい組み合わせだねぇ。渚ちゃん、今日もアンパンでいいかい?友哉君は何がいいかねぇ」

気が付くと、もうパンを売っているおばさんの元にたどり着いていた。

苦笑いが絶えないまま、俺はポケットから財布を出す。

「コロッケパンとカツサンド。……後、友哉君言わんでください」

おばさんは笑顔のまま注文の品を取り出す。

実はこの学校の惣菜パンは、購買にしては美味いと少し有名だったりする。

「はいはい、渚ちゃんは?」

「あ、アンパンでいいですっ」

おばさんもう一度『はいはい』と言って俺と波音にパンを手渡して、お金と交換する。

「じゃあ、また来てねぇ」

常時笑顔のおばさんを背に、俺たちは二人で並んで歩く。

「なあ、今日は部室で食わないか?食った後、やりたい事があるんだ」

波音は不思議そうな顔をしたが、一応うなずいて行き先を中庭から旧校舎に変える。


「実は、今日はポスターを作ろうと思っているんだ」

波音が昼食を食べ終わるのと同時に今朝からずっと考えていた事を提案する。

「ポスター、ですか?」

毎度のように首をかしげる波音。

理解できていなさそうなので、わざわざ前もって借りておいたカラーペンと画用紙を取り出して見せる。

「部員募集の広告だよ。ほら、部員を集めないと顧問もつかないんだろ」

やっと何をするかわかったように、瞳を輝かしてコクコクとうなずく。

そんな波音に俺がペンと紙を手渡す。

「私、が書くんですか……?」

心底驚いているご様子。そして、その波音に驚く俺。

「当たり前だっ。おまえが部長なわけだし、っつーかそれ以外に誰がいるんだよ」

「藤崎さんです」

即答かいっ!

言葉には出さずにツッコんで、肩をすくめながらため息をつく。

「俺は部員として数えられるかもわからないんだ。お前以外にはいないだろ」

言ってから気づく。少し、失敗かもしれなかった。

波音の先ほどまで続いていた笑顔が嘘のように不安で塗りつぶされる。が、即座にそれも書き換えるように無理やり笑う。

俺はまたもため息をついて、今度は波音の頭に手を乗せる。

「……いちいち嫌な顔してそれを無理に押し隠すんなら、その度に全部吐き出していつもみたいに『本当』に笑えよな。泣きたきゃ泣けばいいんだ。がんばるって決めたんだろ?なら、がんばれよ。俺も手伝うって決めたんだ。俺もやれる限り付き合うさ」

サラサラな髪をかき混ぜる。

おなじみのいい匂いがあたりにただよう。

「わ、わかりましたっ。ポスターくらい、なんのですっ」

「そうだ、その調子で行け」

元気が出た、と言うよりはヤケクソに見えるが、良しとしよう。

肩をポンポン叩いて、俺はさらに前へ押し出すように笑いかける。

「でも、あんまり絵とかは上手くないかもです。字は汚くはないと思いますけど」

波音が緊張した顔つきで机に向かいペンを握る。

俺も座り向側から用紙を覗き込む。

しばらくすると、文字と、空白だが絵の位置取りが見えてくる。

その出来は、絵がない分まだ物足りない感じはあるが文字だけでも満点以上だった。

「イラストとかは何を書けばいいんでしょうか?」

「ん?…………ヨット部なんだし、海とヨットとか書けないかな」

正直神頼みに等しいような要望だと思っていたが、波音は下書きを眺めて小さくうなずく。

「下手かもしれませんけど、やってみる事はできると思います」

サッ、サッと静かに絵の下書きをする波音を見ていると、先程までの考えが少しずつ吹き飛んでいく。

……なんつーか、ごめんなさい。上手すぎやしませんか?

そのポスターには『ヨット部部員募集中 質問や入部に関するお話は2-B波音 渚まで』とキレイな字で書かれており、そのすぐ近くには海と、何度か見ただけのヨットが鮮明に描かれていた。

俺は自らの手に握られるポスターを見やって、心から笑う。

「おい、これでいいじゃないかっ。仕上げは家でやれ、もうすぐ予鈴が鳴る。これ、完璧だよっ!」

手を差し出して俺がポスターを手渡すと、波音は照れてうつむきながらそれを受け取る。

「そ、そんなことないですっ。とりあえず、明日までに仕上げてきます」

「ああ、それじゃ、教室に戻ろう」

昼食のゴミと借りてきた道具一式を持って俺が立ち上がる。

「はいっ、待ってください!」

この時に俺はなんとなく思った。


少しずつ、波音は明るくなってきている。

いや、少しずつ本来の笑顔を取り戻してきているんだ。

そして、いつか波音こいつがちっとも孤独を覚えないような日が来ればいいと。

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