3.
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六時間目が終わり、放課後。
「うおっしゃ、藤崎。ゲーセンとか行こうぜ」
HRが終わった途端に野田が俺に話しかける。
どうするかな…?
このアホはさて置き、波音の事をゆっくり考える。
俺が行かなかったら、あいつは踏み止まってしまうだろうか。
確かに、今はあいつにとって俺が数少ない心の寄せ所なのかもしれない。
それでも、あいつは俺を部活に入れようとするだろうか?
あいつは俺の脚の事を知らない。知られたくない。
ヨット…いや、部活なんかをまたやる事ができるのだろうか?
日常生活で使う以外はずっと使っていないこの右脚が、今更そんな物に使う事が可能なのか?
「おい、行かねーの?」
野田の声で我に返る。
少しためらった後、肩をすくめて野田に謝る。
「悪い、パスな」
そのまま踵を返して旧校舎に向かう。
あいつは、やはり俺を待っている気がした。
旧校舎を探し歩いて数分。
遠巻きに波音の姿が目に入る。
教室には『ヨット部 部室』と古い表示がある。
俺は近くの物陰に隠れる。
このままあいつが一人で踏み出せたら、俺はもう必要は無くなる。
あいつにとって、その方が良いと思った。
キョロキョロと辺りを気にしている波音を見ていると、少々心が痛む。
やはり、あいつは俺の事を待っているのだろう。
それでも俺はその場で待ち続けた。あいつ自身の足で進むのを。
ただ、俺は心の中で誓った。
もし、あいつがドアを開けて、その先がどんなに残酷で波音のことを傷つけてしまうような連中がいるなら、俺がその背中を押してやろう。初めて会った日のように。
不器用なあいつでも、しっかり歩んで行けるように、ただ後ろから押してやろう。
居場所さえできれば、あいつは今度こそ俺に頼らなくても済むかもしれない。
そう。それで俺の、友達としての役目は終わる。
一緒に部には入れなくても、そうしたいと俺は思った。
そこまで考えて、思考の中に何かが引っかかるのに気づく。
校庭からは運動部の掛け声が聞こえる。なのに、ヨット部はまるで人がいないような……
その時、波音が大きく深呼吸したのが目に入り、思考を止める。
とうとう意を決したように一人で何度もうなずいている。
波音の口が小さく開く。
『一歩を踏み出せば、それは周りの人たちに近づく為の一歩ですっ』
なんとなくそう言った気がする。
確か、その言葉は俺があいつに言った事だった。
波音が手を伸ばしてノックし、部室のドアを思い切って開く。
「し、失礼しますっ。私っ…」
言葉の途中で固まったように動きが止まる波音。
俺はその場にから走って静止している少女の下へ向かう。
どうした?と声をかけようとして、部室の中に目が行く。
そこは部室をなんかじゃなく、よくわからない備品が大量に積まれている物置のようだった。
いつものようにサラサラの髪の上に手を乗せる。
「藤崎さん、来てくれたんですか……」
笑顔。それは見ていると辛くなるような笑顔だった。
「ここ、ヨット部の部室って書いてあります。どうしちゃったんでしょうか?」
引っかかっていた『何か』が頭をよぎる。
俺は少しの間、答えられずに押し黙ってしまう。
「とりあえず帰らないか?……歩きながら、話すよ」
何よりもこの場所から早く離れたかった。
先に波音を靴箱に向かわせて、俺は学校の中で最も近づきたくない場所へ向かう。