3.WOW!A cute bird girl!
俺はその土道を、およそ二十分ほど歩いた。
道自体は悪くなかった。
ただ、両側の草がどんどん茂っていって、たまに棘のある蔓がズボンの裾に引っかかるので、しゃがみ込んで引き剥がさなきゃならなかった。
空気に混じる青草と土の匂いは、なかなか心安らぐものだった。
異世界でなければ、これは立派なピクニックと言えたかもしれない。
……待てよ、何考えてんだ俺。
俺はこれから神を殺しに行くLv.1の小物悪役だぞ。
どうしてこんなに田園風景を楽しんでるんだ?
日がだんだん昇ってきて、気温も上がってきた。
制服のシャツの背中はもうじっとりと湿っていて、肌に張りついて気持ち悪い。
神殿でもう少し休んでおけばよかったと後悔し始める――あんな場所も不気味だったけどな。
すると、水の音が聞こえてきた。
ゆるやかで、ひそやかな――
まるで、昔、ばあちゃんが家の裏庭でゴムホースを使って花に水をやっていた時、
ホースの口から土の上に落ちる水の音みたいだった。
腰ほどの高さのシダの茂みをかき分けると、視界がぱっと開けた。
川だ。
幅はせいぜい三、四メートル。水はとても澄んでいて、
底の丸い石が陽光を受けて柔らかな光を放っているのが見えた。
水面にはどこかの木から落ちた葉っぱが何枚か浮かんで、のんびりと回りながら下流へ流れている。
両岸には低い潅木が生えていて、蜻蛉みたいな虫が何匹か葉の上に止まっていて、
翅が日差しの中で青く光っていた。
田舎の実家の裏手にあった川と、そっくりだった。
俺は川べりにしゃがみ込み、手を水の中に入れた。
ちょうどいい冷たさだった。
水を両手ですくって顔にぱっとかける。
水が顎を伝って滴り落ち、川面に小さな輪っかを作った。
うん、大したことじゃない。
心を切り替えて立ち直るのが早い――これが俺の長所だ。
水は冷たい。空は青い。草は緑だ。バッタは跳ね、鳥は鳴いている。
田舎と何も変わらない。
ただ、半殺しにされた狂った女神に東京からこの世界に放り込まれて、
クリア済みの勇者を殺しに行くだけだ。
平常心。
平常心でいこう。
……なわけあるか。
うつむいて、もう一度水をすくおうとした――
「ぶしゃっ!」
水面下から銀色の影が飛び出してきた。
速すぎて形すら見えなかった。
そして――
鼻筋に激痛が走った。
「うぐっ――?!」
視界いっぱいが銀色に染まり、そこに大きく開いた魚の口が見えた。
そう、魚の口だ。
手のひらくらいの大きさの魚。全身が銀白色で、鱗が日差しにぎらぎらと輝いている。
それが俺の鼻先に、しっかりと食いついていた。
「――うわああああ?!」
体を後ろに仰け反らせて、そのまま浅瀬にどしんと尻もちをついた。
水が一気にズボンに染み込む。
「離せ! 離せ! 離――!」
手で魚の体を掴もうとするけど、ぬるぬるして全然つかめない。
口をこじ開けようとするけど、指がエラに触れた瞬間、魚は勢いよく尾を振って、俺の手から逃れようとする。
水しぶきが飛び散って、シャツもズボンも髪も目も耳も、びしょ濡れだ。
まだ食いついてる。
一匹の魚が、手のひらサイズで、ありったけの力で俺の鼻先を噛み続けている。
「いい――加減に――離れろ――!」
今度は両手で魚の尾を掴んだ――濡れたタオルを絞るみたいにぎゅっと握りしめて――
思い切り引っこ抜いた。
ぷっ。
ようやく魚の口が鼻から離れ、銀色の弧を描いて空中を飛び、
ぱたんと川岸の草地に落ちた。
尾を激しくバタバタさせながら、口をぱくぱく開け閉めしている。
俺は川に座り込んだまま、荒い息を吐いた。
鼻先がじんじんと鈍く痛む。
手で触ってみる――血は出ていない。でも、その部分の皮膚はたぶん真っ赤に腫れ上がってるだろう。
一匹の魚だ。たかが一匹の小魚に――
視界の端に、突然パネルが浮かび上がった。
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本花 天夢
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Lv.1 │ 経験値 3/10 │ 無職 創世神
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HP 30/30 │ MP 4/4 │ SP 35/38
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STR 3 │ DEX 5 │ CON 5
INT 5 │ SPI 5 │ CHA 5
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【スキル】
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無機物生成Lv.1 10MP
釣りLv.1 2SP
もがきLv.1 1SP
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【称号】
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【状態】
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……経験値が3。
SPが3減ってる。
38から35になってる。
でもHPは減ってなかった。
スキル欄に、新しいのが二つ増えてる。
「釣り」と「もがき」だ。
こんなの、前からできたことだろ?
別に珍しいことじゃないだろ?
「…………」
釣りはひとまず置いておくとして(ツッコミどころは山ほどあるが)、
この「もがきLv.1」って何だよ。
もがきにさらに上位のもがきがあるのか?
威力50で必中のやつか?
待てよ、もしかしてこのパネルは、
俺が実際にやったスキルだけを認識して登録するのか?
そういうことか?
地面の上で跳ね続ける小魚を見下ろす――
まあ悩んでても仕方ない……少なくとも今日の夕飯は確保できた?
まだ火の起こし方を忘れてなければいいけど――
膝に手をついて立ち上がろうとした、その時だった。
背筋がまだ完全に伸びきらないうちに――
「おーい! そこのよそ者ー!」
声は川の向こうから聞こえてきた。
鋭く、大きく、ありったけの怒りを込めた声音だ。
反射的に顔を向けると、
対岸の潅木の上をオレンジ色の影が一瞬かすめたのが見えた。
そして――
ひゅっ。
削りたての木の槍が、俺の右耳をかすめて飛んでいき、
風を伴って、足元の銀色の魚にずぶりと突き刺さった。
魚の尾がぴくんと跳ねて、それきり動かなくなった。
槍に串刺しにされた魚は、草地に縫い止められて、槍の柄がかすかに震えている。
「……え?」
そのまま体勢を崩して浅瀬にどさりと座り込み、
後頭部を「どん」と丸い石にぶつけて、目の前がちかちかした。
水しぶきが顔中にかかり、濡れた制服シャツが背中に貼りついて、冷たくてびくっとした。
何が起きたのか理解する間もなく、
今度は上から投げ網が降ってきた。川の匂いと苔の匂いがする網が、
俺の全身をがっちりと包み込んだ。
立ち上がろうともがくけど、手足は網に絡まり、動けば動くほどきつく締まる。
まるで釣り上げられた鯉だ。
「――うあっ!? な、何――?!」
足音。かすかだが速い。
川原の砂利を踏みしめながら、ばりばりとこっちに駆け寄ってくる。
そして――
「ぱんっ!」
細長い影が腕に振り下ろされ、ぴりりと痛んだ。
「魚を盗むな!」
もう一発。
「ぱんっ!」
「魚を盗むな!」
手首も打たれて、思わず手を引っ込めたら、網がまた一段ときつくなった。
「魚を盗むな!」
今度は肩だ。
横を向いて浅瀬にうずくまったまま、片方の頬を濡れた石に押し付けながら、
やっと網の目をとおして外を見た。
小さな影が、俺のすぐ横にしゃがみこんでいた。
オレンジ色の短い髪が日差しの下でまぶしく輝き、
毛先は濡れて両頬に張りついている。
まんまるい緑の瞳が、これでもかと見開かれていて、その中には隠しきれない怒りがぎっしり詰まっていた。
彼女は明らかにぶかぶかのデニムオーバーオールを着ていて、
裾は何度も折り返され、泥まみれのふくらはぎと裸足がのぞいている。
そしてよく見えた――
魚竿を握りしめたその両腕は――翼だった。
小さな、オレンジ色の羽毛に覆われた翼。
彼女の手には竹の魚竿が握られていて、自分の背丈より一本分は長い。
竿先がまだかすかに震えている。
さっきの三発は、どうやらこれで叩かれたらしい。
「あ、あ、あんた――話を聞いてくれ――俺は――」
「ぱんっ!」




