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1.I hate SHF Rei

放課後のチャイムはとっくに鳴り終わって、

教室の喧騒は潮が引くように少しずつ消えていった。


俺――本花天夢(もとか あまね)、高校一年。

今日の十七時四十二分をもって、正式に十六歳の人間になった。


祝われるべき日なのは間違いない。

なのに今、俺はそのビニール袋に包まれた誕生日プレゼントをぶら下げて、

帰り道の商店街を歩いている。

その顔はたぶん、かなり歪んでいる。


理由は単純だ。

袋に入っているのは、SHFの綾波レイ。

送ってくれたのは同じクラスの親友――石田和也(いしだ かずや)――で、

筋金入りの綾波レイ厨だ。


これは悪口じゃない。ただの事実だ。

奴のスマホの壁紙は綾波で、ペンケースには綾波のシールが貼ってあり、

三年使ってくたびれた財布の中には、

どこかの雑誌から切り抜いた綾波のポスターがしまってある。

もう色あせて白くなってるけどな。


で、俺は?

俺は一応『エヴァ』の視聴者ではあるが、

とてもじゃないけど「厨」の域には達していない。

TVシリーズと旧劇場版は観た。

ラストに衝撃を受けて三日間引きずった。

それで十分だ……いや、そうじゃない。


問題は――顔だ。


足を止めて、ビニール袋を少しだけ開け、

夕日を透かしてもう一度その小さな顔を確かめる。


微妙。

とても微妙。

あの「綾波レイ特有の冷たくて虚ろな感じ」が、あと一歩足りない。


そして俺は知っている。

つい先月、バンダイから出たあの30MPの綾波レイ(組み立て式だけど、俺には問題ない)の

フェイス造形は、ほぼフィギュアレベルの完成度に迫っている。

値段は――腹立たしいことに――このSHFより二千円ほど安い。


俺はビニール袋を閉じて、また歩き出した。


石田は……

あの30MPを自分用に買って、「見劣りする方」のこのSHFを俺に贈ったんじゃないか?


そう考えるのは良くない。分かってる。

でも一度浮かぶと、梅雨のカビみたいに猛烈に繁殖する。


あいつはそんなことをする奴じゃないよな?

いや、でも奴は綾波レイ厨だ。

ネットのレビューで、

どんな綾波レイ厨でも30MPの前では磁石に引き寄せられる鉄粉のように忠誠を尽くすって書いてあった。

自分が最高の綾波を確保することを優先するのは、完全に筋が通ってる。

その残ったSHFが、たまたま俺の誕生日に――


いやいや、石田はそんなやつじゃない……たぶん?

でも去年、奴の誕生日に送った『ゼルダ』のリンクamiibo、

まだ机の上に置いてある。

しかも包装すら開けてない……

これが友情の等価交換ってやつか?

ミネラルウォーター一本がミネラルウォーター一本で返ってくるって?


違う、あれは綾波レイだ。

あの綾波レイ厨の手の中にある綾波レイだ。

奴にとって綾波レイって何だ?

母性の投影だ。

そして綾波レイ厨は、理論上は全員マザコンだ。

この命題が正しいなら――石田和也ってやつは、マザコンだ……


でも今年、綾波レイの可動フィギュアを出すって発表したメーカーは六社もある。

全部買って、気に入らないのを俺に送る可能性は……

いや、何考えてんだ俺。


どうでもいい。

実はあの時、もう感じてたんだ。


街角のあの古いイチョウの木が、

裸の枝を伸ばして、

夕日をばらばらの欠片に切り刻みながら、タイルの上に散らしていた。


俺はその金色の欠片を踏みながら数歩進んで、ふと気づいた。

この道を歩き続けてもう十六年になる。


小学一年生の頃から、

両親がまだ喧嘩してた頃から、

おばあちゃんがまだ隣の家に住んでて、

毎日夕方に玄関先に小さな椅子を出して俺の帰りを待ってた頃から――

そして彼女は施設に移り、やがていなくなった。


左手の文房具屋の看板は十年前と同じ色で、

右側の中華料理店の入り口で傾いたままの提灯は、

いつになったら誰かが直すんだろう。


なぜか、今日この道を歩く感覚は、

昨日とも、一昨日とも、過去三千余日とも違っていた。


わけもなく振り返る。

長い通りが夕日の中に広がり、

電柱の上の雀が一、二羽、羽ばたいて飛び去った。

遠くにうちの制服を着た生徒が何人か、たぶん陸上部だろう、

楽しそうに話しながら駅の方へ歩いている。

コンビニの白い光がこぼれて、

入り口でおでんを買うサラリーマンの影を長く伸ばしていた。


首を振って、頭の中の暗い推測を振り払う。

最近、文芸部の先輩が太宰治とか夏目漱石を押し付けてきてた。

あれを読みすぎたせいだろう。


さっさと家の近くのサイゼリヤに行こう。

父さんと母さんと妹が待ってるはずだ。

うひひ、今日はピザを食い放題だぞ!


そう思いながら、通りから視線を外して顔を戻した――


街角の電柱に、誰かが寄りかかっていた。

白いロングスカートの裾が、汚れたタイルの上に広がっていて、

泥か血か分からないものが染み込んでいる。


(「えええええええええええええええ!?!?!?」)


金髪。

ふわふわと肩や胸に広がっていて、

毛先は汗と埃で何束か絡まっているけど、

それでも夕日の中でやけに明るく見える――

暴走族の怪我人でもない、

酔っ払ったサラリーマンでもない――

西洋人の女だ。


(「えええええええええええええええ!?!?!?」)


年齢は二十五歳前後、もしかしたらもっと若いかもしれない。

西洋人は老けるのが早いって聞くし。

美しい。唇はひび割れ、口元には暗い赤い血の筋がある。

それと――でかい。


いや、違う、問題はそこじゃない、問題は――


「おい。」


声は紙ヤスリで木を削るみたいに掠れてるのに、

なぜか拒めない迫力がある。

彼女の上げた右手が震えていて、そのまま俺の方へ伸ばされている。


「おい、天夢――こっちに来い――」


(「俺?」)

驚いて自分を指さす。

わあ、まさか名前まで……


「そうだ、お前だ、本花天夢――」


「だ、大丈夫ですか? 病院行きます?」


ほとんど走り寄った。

近づいてみたら、遠くから見るよりずっとひどい有様だった――

左目の下には固まった血痕、

こめかみは腫れていて、

爪の間は乾いた泥で埋まっている。


バカだ。

俺が彼女の前にかがみ込んだ時、ようやく気づいた。

こんな状態で「病院行きます?」なんて、

車に轢かれた奴に「大丈夫ですか?」って聞くようなものだ。

まず止血だ、包帯だ、傷口から汚れを取り除いて、それから――


「ひざまずけ。」

「……え?」

「ひざまずけ、と言った。」


彼女の右手が突然持ち上がる。

五本の指には小さな傷が無数にあって、埃まみれなのに、

人間が持つべきじゃない精度で――

俺の鼻先三センチのところで止まった。


「本花天夢、十六歳。

お前の祖母は毎月城隍廟に賽銭を納めていた。

お前は――」


彼女は一呼吸置いて、うつむきながら血を吐いた。


「お前……一体――」


「――私は創世の女神だ。」


掠れた声で、まるで聖書を朗読するような荘厳な調子で、彼女は言った。


「ルシフェット。

原初の娘。

世界樹の根元に生まれた最初の亀裂――」


彼女の緑がかった灰色の瞳が一瞬だけ光り、

またうつむいて血を吐いた。


「私はこの世界と、あの世界を創った――

お前たちが『異世界』と呼び、愛しているあの世界を。」


「い、異世界?」

(最近はあんまり異世界ものは読んでないんだけどなあ、はは)


「そうだ。

剣と魔法、獣人とエルフ、迷宮と魔王、レベルとスキルパネル――」


俺の頭脳がフル回転を始める。

その回転を続けさせてもらえなかった。


なぜなら彼女が突然――


「ぶはっ――」


血が、正確に、容赦なく、全部俺の顔面に吹きかけられた。

温かい。鉄の匂いがする。

額から顎まで伝い、鼻筋の両側を伝って口の中にまで入ってきた。


「……」


あまりに衝撃的で、俺はそのまま後ろに倒れ込み、

後頭部をイチョウの露出した根にぶつけそうになる。

ビニール袋が手を離れ、

SHF綾波レイは箱ごと転がり出て、

コンビニの入り口でおでんを買っていたサラリーマンの足元まで滑っていった。

そいつは一瞥して、それから俺の顔を見て、

無言で半歩横にずれた。


おいおいおい! 助けるのが普通だろ?!

この社会どうなってんだ?!


「落ち着け――あ、あなたは――

違う、さっき血を吐いただろ、病院に行かなきゃ――」


でも言い終わらないうちに、肩を押さえられた。

信じられないほどの力だ。

絶対に人間の力じゃない。


背中全体がイチョウの根に押し付けられ、

背骨が樹皮で痛い。

彼女は――ルシフェットは――

立っているのがやっとのように見えるのに、

その片手で俺を地面に押さえつけ、顔を近づけてくる。


彼女の顎から血が垂れて、

もう彼女の血でびしょ濡れの俺の額に落ちた。


「時間がない、ボーイ。

私が召喚した勇者――四年前――

お前たちのこの世界から召喚した。

男、十七歳、召喚時は高2。

あっちで魔王を殺し、世界を救った。

そして――彼は裏切った。」


俺の肩が嫌な音を立てる。


「奴は私が手ずから与えた聖剣で、

世界樹の根を貫き、天空を貫き、私を貫いた――」


さらに近づく。


「私はお前に創世神の名を託す。

代わりにお前はあの世界へ行き、奴を殺せ。」


「……誰を?」


「勇者だ! 日本語が通じないのか?!?!

殺せ! 相沢悠斗、

四年前にお前の隣の県の私立高校に通ってた――

お前の両親には後で私が話をつけておく――」


「ちょっと待――」


「受け入れろ!

そして三つ覚えておけ!

奴の状態は見た目よりずっと悪い!

一番目が必ずしも一番とは限らない!

聖女カトリを探せ!」

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