AIと名前
二日酔いが残っているようで残ってもいない時間。
憂鬱に感じるのは、破壊された玄関から差し込むオレンジ色の光に酔っているから。
「今は、何時だ?」
何もせず、なんのやる気も起きなかった今日が終わっていく。でも、特に珍しいことでもない日には、ちょうどいい過ごし方ではあるのかもしれない。
自分を肯定しながら、部屋の壁に掛けていた時計がないことに気づく。
あの時の爆風でどこかへ行ってしまったのか、それとも、このAIがゴミを片付けている時に処分されたかどちらかだ。
「17:30をお伝えいたします」
布団にくるまりタバコに火をつける。
やけに換気のできたこの部屋、新鮮な空気と共に体内に流れ込む煙。どうしても、たまらなく、おいしい。 それで、綺麗に片付けられたつまらない部屋。
ソファーに冷蔵庫、テーブルに俺が今から待っている敷布団。
それとお前は、なんで…。
「なんでお前は足組んで偉そうにソファー座ってんの?」
「何か致しますか?」
「いやあ、別にやることはねーけどよ…」
「はあ、いかが致しましたか?お腹の具合はよろしいですか?何か致しますか?」
「じゃ、じゃあ。カップラーメン作ってくれ」
確かに、お腹が減っていた。
このAIに腹の調子を聞かれなかったら気づけそうにもなかったか。それとも、聞かれたから腹空いたのか。
この人間型AIにどんな能力が備わっているのか、少しは気になる。
しかし、まあ。機械化が進んだ現代。
コイツよりも優秀なAIが存在する可能性は大いにあるな。
「えっ?カップ麺作れよ…えっ、なに座ってんだよ」
「はあ…。はいっ」
「なんでちょっと嫌そうなんだよ…」
もうコイツ人間じゃねーか?
いちいち間に触る仕草や表情や言葉遣い。
声だけが人間ではないことを証明している俺の脳内は
混乱し始めている。
キッチン棚からやかんを取り出すAIの動きは、人間のそれ。やかんに水を注ぐのも、ガスコンロに火をつける仕草も等しく。
「沸くまでお待ちいただき、沸きましたらお湯を注いでお召し上がりください」
「えっ?あっ?あとは俺がやる感じだ?そっかあ…。使えねーな、お前…」
お前、お前。
気分が悪かなるのは、俺が社会人になってから仕事の後輩や部下が出来たこともなく、目上の存在に『お前』と呼ばれ続けて来たトラウマからだろう。
重たい腰を上げ、そろそろ沸き始めるやかんの方へと足を進める。
「なあ、名前とかはあるのか?」
ソファーに座っているだろうAIへと目を向ける。
また足を組んで座っているそいつは、俺はと顔を向けた。
目が合う。
このタイミング、この雰囲気、この状況でその真顔は、人間との顔合わせには思えない。
そこも、人間ではない証明か。
「私は、No.173」
「いち、なな、さん。そっかあ」
AIにとっては過去も未来も夢も私情もないのだから、自己紹介も簡単だろう。
名前に対して、どうでもよさそうな本人に同情している俺は、優しい心の持ち主なのかもしれない。
悩むことでもない事柄に、目は一点に天井を見つめていた間。
ぴゅっぽぉーーーー。
そう音を上げたやかんへ振り向いて火を閉じた。
「じゃあ、ひなみ だなっ」




