アルコールと基準値
「うげぇ」
部屋の真ん中にある背の低い黒い丸テーブルに伏せる。
右手に持つ缶ビール。
[アルコール分5%]という文字を眺めながらの10数本目。
世界が回っている様に、はたまた世界が酔っ払いになってしまった様に。
朦朧とする不安定な意識。昼から酒を飲み続けてる記憶だけは微かに残っている。
しかし、自分で設定した基準値を上廻るアルコールの摂取量。いったいどうして、今日に限ってこれ程の酒を飲んでいるのか。そんなことは忘れてしまっている。
時間だけが過ぎていく感覚。テーブルに倒れていた偶然にも、気晴らしに買った砂時計を掴み取り立たせる。
落ちていく砂が見えないのは酔って視界が揺らいでいるから。いいや、砂が固まっていて砂時計という役目を果たせなくなっているだけだ。
「いまは、何時だぁ…?」
時計を見る為に首を捻り反対を向くことすら億劫。
だから、右手に持つ缶ビールよりも視界の奥に見える窓外の明るさを見て、時間を推測し、把握しよう。
駄目だ、分厚いカーテンに苛まれていたことに気がついている。
「うぅ…」
なんだか上手くいかない今日に唸って答える。
低く一定の俺の声。薄暗い部屋と籠る空気に殺されている。
だから、時間も掃除も諦めてこのまま目を瞑って終えば、そのまま気持ち良く慣れそうだ。
※
強い陽射しにあたっている。
高校中退から数年間は実家でだらだら。
バイトをしながら生活させてもらって、二十歳になる頃には林業へ就職したこの夏。
田舎に越して一人暮らし。
山であれど真夏の気温は40度を超えている現代。
森の中も、人工的に埋められた木が真っ直ぐに立つ。
そして、チェンソーの悍ましい機械音に切り裂かれていく。
森が森としての役目を果たさない、もしくは果たせぬ様に仕向けた人間の価値観や自由思想。
この時から、俺は既にうつ病を発症していたのかもしれない。
「おーい!青葉ぁ!!そろそろ休憩入れるからタバコ買って来い!」
「わかりましたあ、この木が切れたら降ります!」
「毎回毎回っ!仕事が遅いんだよ!頭悪りぃなあ!」
「す、すみませんっ」
叱られながら、こき使われながら。
後輩として、おっちゃん達の言うことを聞きながら。
仕事の為に握っている道具を凶器だと見間違えるのも何度目だったか。それくらいに嫌気が刺していた頃だ。
バキッ!
「あっ!」
今日も急かされた中での作業中だった。
嫌味や罵詈雑言を吐かれて気持ちが落ち込んでいる。視界は薄暗く、両手に手が生えていない様な感覚。
物を持っていても、チェンソーの振動も、木を切り裂く感触も何もなかった。
どちゃあっ!!
キィーーン…。
耳鳴り。揺らぐ視界は背の高い真っ直ぐ伸びた木がまだまだ空へと伸びていってる。
おおい!大丈夫か!
人が木から落ちたぞっ!
こりゃ面倒ごとになるなあ…
始末書も書かなきゃいけなくなるなあ。
そいつ、事務所で横にさせとけ。
俺はあの高さから落ちたのか…。
他人に気遣われることも少ないまま意識が霞んだ。灰色の世界になり始めたと思えば目が見えなくなる様に真っ暗な視界。
ゆっくりと動いている地球を感じている。視界は去れど、自然の音と共に回っていた。




