10 水族館ですが何か?
カフェで4回、道で3回、バスで1回。
正と清子は異性から声をかけられた。
そのたびに「結婚しておりますので」と2人で結婚指輪を見せる。
♠♥やっぱり伊達メガネしてきたほうがよかったかな…
水族館に着くまでに何度も心が折れそうになったが、なんとか到着することができた。
水族館の中は薄暗い。
そんなこともあって、声をかけられることもなくなった。
「正さんこれ、カクレクマノミですね」
「スズキ目、スズメダイ科ですね。生まれたときは全員オスなのに、大きい個体がメスになるという」
「はい。大変興味深い魚です」
「メスがいなくなると、別のオスがメスになるそうです」
「体の造りから変わってしまうってことですよね」
「そういうことでしょう」
「清子さん、これはアカグツです」
「え?アンコウ目、アカグツ科の、あのアカグツですか?」
「はい。海底を歩くように移動すると言われています」
「可愛いですね」
「可愛いです…はっ!写真、撮りますか?」
正がスマホを取り出す。
「ぜひ」
そう言って、2人でアカグツを撮影した。
♠♥なにか、間違えた。
2人はスマホに映るアカグツを見て少し残念な気分になった。
その後も、色々な魚をみて、いちいち、お互いの知識を確認しあった。
2人にとってはなにより楽しい時間であった。
「あそこのお兄ちゃんとお姉ちゃん、お魚博士みたいだよ~」
小さい子がお魚博士と間違えるくらい、2人にはお魚の知識があったのだ。
清子は間違えて水族館の本を読んでいたが、正はこの日のために、この水族館にいる魚のことを全て調べつくしてきている。
清子が飽きないように、面白そうな話を準備してきたのだ。
「これは…オオベソオウムガイ?初めて見ました」
清子が興味ありげにオオベソオウムガイと書かれた貝を見ている。
「清子さん、それは、オウムガイ目、オウムガイ科の貝です」
正は、ようやく自分の出番だと張り切ってしまった。
「5億年前から姿を変えていないと言われているそうですよ。えっと…」
正が口ごもる。
♠なんてことだ!さっきまで覚えていたのに、全部飛んだ!全部飛んだっ!!
張り切りすぎて、正は覚えていたオオベソオウムガイの情報を全部飛ばしてしまった。
清子は正の次の言葉を待っている。
「えっと…これが、ヘソみた…ですね」
正は撃沈した。
何も浮かんでこなかったのだ。
「…本当ですね。でも、目もおへそみたいじゃないですか?」
清子がそう言って、ふわっと笑った。
♠女神…ここに、女神がいますっ!!
正は「そうですね」と言葉を発したまま清子に釘付けになった。
♥目がおへそみたいって、変だったかしら。
正さんに変な人って思われたかな…失敗しちゃった。
正の反応に清子はソワソワする。
薄暗い水族館内で、顔を赤らめる2人だった。
水槽のエリアを越えると、ペンギンのブース、そして、イルカショーのステージがある。
予定ではすでにイルカショーのステージのところまで行っていなくてはいけなかったが、それまでの魚で盛り上がりすぎてまだペンギンブースにもたどり着けていなかった。
「清子さん、ご相談です。現在、12時。イルカショーは12時半から始まります。ですが、食事をしているとイルカショーには間に合いません。一旦、イルカショーに向かうか、イルカショーを次の回、14時にするか、どちらにしましょうか?」
正が時計を見ながら清子にそう相談した。
規則正しい食生活をしている2人にとっては、大きな問題だった。
♥私はこのままゆっくり正さんと水族館をまわりたいから14時にしてもいいけど。
正さんはやっぱり、すぐにでも食事をしたいわよね。
♠清子さんを急がせるようなことはしたくないけど、清子さんの食事の時間をずらすわけにもいかないし。
とりあえずパンでも買って食べる?いやいや、清子さんにそんなこと言えない。
お互いがお互いを思い合って、結論が出ない。
出ないまま、12時10分になる。
正が思い切って、提案した。
「清子さん。怒るかもしれませんが、自分は清子さんとゆっくり水族館を見て回りたいと思っています。食事の時間は遅くなりますが、イルカショーの時間をずらしませんか?」
正はそう言って、ドキドキしながら清子の返事を待つ。
「はい。私もそれがいいと思っていました。正さんの食事の時間が遅くなるのが申し訳なくて言い出せませんでしたが」
「では、決定ですね」
そう言って、再び2人で水槽をのぞいた。
♠正さんの食事の時間が遅くなるのが申し訳なくてだって~
清子さん、可愛いっ!
♥清子さんとゆっくり水族館を見て回りたいだって~
嬉しいっ!嬉しいっ!!
もう、イルカショーはどうでもよくなっていたけれど、変更した予定通り水族館をまわり、食事をしてイルカショーを楽しんだ。




