episode8 : 愛執の檻、戦場のアイスラテ
※このepisodeには性的表現(R15相当)が含まれます。
【惑星Zeronia
アルファ司令部 ゼノンの私室】
「エリュシア様、本日はこちらにおいでなのですか」
私の部屋に入ってきた大執行官カーディスは、エリュシアがいる事を意外に思ったようだ。
「本日は、って何よ。当たり前でしょ、私はゼノンの妻なのよ」
エリュシアは、ノヴァがよく座っていたデイベッドに横になり、動物の毛皮のマットを撫で、くつろいでいる。
このところよくそばにいるのが部下からすれば珍しく見えるのだろう。
「ゼノン様、Earth侵略作戦開始の報告に参りました」
「聞かせてくれ」
カーディスは、私の前にひざまずき、仮面の黒い空洞をこちらに向ける。
「まず第一段階として、オメガを神経リンクに感染させる超小型有機体ドローン・・・通称バイオドローンを、ダリー族の商人に運ばせます」
「ダリー族とは、間も無く統治下にする予定の惑星Dahliaの先住民族だな?」
「さようでございます。まだ正式に我々の植民地では無いため、オメガの警戒は薄いと思われます」
「なるほど・・・」
バイオドローンは、蚊のようなもので、オメガ侵略のためにカーディスに進めさせていた“生物兵器”だ。
我々の神経リンクの媒介者となってもらう。
「ご存知のように、神経リンクを張っても我々の意のままにはならないオメガもおります」
ノヴァはそうだった。
その存在を感じる事はできても、操る事はできなかった。
そのため、みすみす逃してしまったのだ。
「バイオドローンは100機持ち込まれます。
ご存知の通り、感染者のうち、憎しみや妬み嫉み、劣等感など、負の感情を感じている者ほどリンクが強く張られる傾向があります」
普段から持っているその負の感情が、オメガへの攻撃に役に立つというわけだ。
「強いリンクを構築できた者を通して、水面下で侵略作戦を進めてまいります」
「それでノヴァが再び感染する事はあるのか」
「おそらくノヴァ様は、何らかの処置で神経リンクを切断し、脳には抗体ができているのではないかと思われます」
やはりそうか・・・
「再びリンクを張る事は、一定期間は難しいと思われますが、軍の人間にリンクを張る事ができれば、ノヴァ様の捜索も可能でございます」
確かにそうだ。
「よしわかった。第一段階に入れ」
「かしこまりました」
カーディスは立ち上がると漆黒のマントを翻し、部屋を出て行った。
「あなたったら、1日に1回は必ず“ノヴァ”」
呆れたような口調でエリュシアがそう言った。
「まるで、あなたの方が恋の病にでも感染してるみたいね」
私は鼻で笑った。
「ふざけた事を言うな」
「あらぁ・・・ふざけた事かしら・・・?」
エリュシアはそう言いながら体を起こし、着ていたシルクのガウンを脱いだ。
あらわになる、茶褐色の張りのある全裸。
「ノヴァがふざけた事なら・・・私を抱けるわよね?」
私は目の前に近づいたエリュシアに視線を上げた。
「ねぇ・・・あなたが1番大事なのは、元司令官の父の娘で、妻の、この私のはずよ・・・」
そう言いながら、片脚を私がすわるソファの肘掛けに上げた。
「さぁ・・・その舌で私をゾクゾクさせてちょうだい」
そして不敵な笑みを浮かべる。
「あんなひ弱なオメガの女より、楽しいはずよ」
私は口を開き、舌をエリュシアの身体に這わせた。
*
【オメガ軍
第一戦闘部 射撃訓練場】
軍に復帰した翌日から始まったホロプログラムでの訓練は朝一の日課になり、数日間続いた。
その後は各自割り当てられた任務に当たる傍らで通常任務もこなす予定になっており、皆それぞれ忙しい。
ゼノンが言っていた、オメガに隠された“シータの力の痕跡”についても調査する必要があり、それについてはロベール少佐が関係機関への調査依頼を出していた。
医療部2人は引き続きアリゲーターの分析。
ルークは機関システム部でリンク切断術の応用の検討に当たっている。
そして私はと言えば・・・
“MISSION FAILED”
またしても、その赤い文字は頭上に浮かび上がった。
『もう一度ミッションをやり直しますか?終了しますか?』
「もうイヤ〜」
私はその場に崩れ落ちた。
『もう一度コマンドをどうぞ』
“もうイヤ〜”
は受け付けられないらしい。
「終了!」
『ミッションプログラムを終了します。お疲れ様でした』
「なんだよやめるのかよ」
ベンチに座って見ていたグオがそう言った。
「何回やってもクリアできないんだもの〜」
「今のは惜しかったじゃん。あとは岩場に隠れてたヤツを撃つだけだったのに、岩場から落ちるからさ」
笑いをこらえるグオ。
「笑わないでよもう!」
「ごめんごめん」
そう言って完全に笑う。
もう!
「だいたい、密林とか岩場とかで敵に追われながらライフルで戦うとか、古すぎるわよ」
私は文句を言いながらグオの隣に座った。
グオはそんな私にいつの間にか買ってきていたアイスカフェラテのカップを渡してくれた。
「ありがと」
喉が渇いていたので、ストローで思い切りカフェラテを吸い込む。
ああやっぱりEarthのカフェラテは美味し。
「古い戦いだから初級者向けなんだ」
はぁ・・・
私はため息をついた。
「やっぱり、L2D2にくっついとく」
「あいつはルークの“しもべ”じゃん」
「だからルークに借りるのよ」
「これ以上あいつに借りなんか作ったらロクな事ないって。さ、もう行こうぜ、時間だ」
グオはそう言いながら立ち上がった。
落ちこぼれの私に付き合ってくれていたのだ。
「・・・ルークは、そんな悪い人とは思えないけど」
私はルークに対する率直な感想を述べた。
グオは、彼の起こした横領事件の真実を知らないだけだ。
「ルークに頭操作されてない?大丈夫?」
「大丈夫よ!・・・多分、わかんないけど」
「わかんないのかよ」
喋りながらいつもの対策室に向かい歩いていると、医療部のところで噂のルークの姿が見えた。
彼は白衣を着たキレイな女性と話していた。
なんだかその横顔が、知らない人のように見え、なぜか不安を覚えた。
「ほら・・・でた、疑惑の女その2」
グオは小声でそう言った。
「疑惑の女その2?」
「そ。その1は横領させられてたコ。その2はあの産婦人科医」
産婦人科医・・・
黒髪のストレートロングの髪を一つにまとめ、黒縁のメガネをかけた落ち着いた印象の女医は、30代半ば程に見える美人だ。
「産婦人科医ではあるけど、遺伝子工学も専門で、附属病院勤務の傍で研究もやってる才女。だいぶルークに貢いでたっぽい」
「ふぅん・・・」
まぁ医師で歳上なら、お金は持ってそう。
私たちが見守る中、女医は深刻に何かを訴えるようルークに話しているが、ルークの方は冷静に対応しているように見えた。
「“私のお金返して!”“は?君が勝手に貢いだだけだろ”」
グオは声色を変えて2人のセリフを勝手に演じている。
するとルークは私たちの視線を感じたのか、こっちを見た。
「あ、気がついた」
グオがそう言うと、ルークは女医にじゃ、と手を上げてこっちへやって来た。
「悪いなジャマして」
グオの言葉にルークは短く息をついた。
「いやちょうど良かった、行こう」
どうやら、あんまり面白くない話を私たちに遮られて助かったようだ。
「元カノと揉め事?」
「元カノじゃない、オレは特定の相手は作らない」
わぉ・・・いかにもな発言。
「へぇ・・・じゃ、スーイェンも特定ではなかったんだ」
んん?
それは?
横領の彼女?
とは思ったものの・・・
「もうやめなさいよグオ」
下世話な詮索だわ。
グオは私に言われて話題を変えた。
「ところで・・・どうなんだよ、機関システム部の方は」
「後で対策室で話す」
ルークはぶっきらぼうに短くそう答えた。
グオがヘンな詮索するから・・・
「ニコライとメイヴも、アリゲーターの件で報告できる段階になったって言ってたわね」
私は話題を変えた。
そうよ。
これで一歩前進できるかもしれない。
私は前進できてないが。
【AZF対策室】
「惑星Gonseに生息するアリゲーターは、体長6m〜7mで、体重は2トン前後。強い筋電と特異な生体電流をもつ」
その後対策室では、ニコライがホロプロジェクターを使い議題のアリゲーターを表示させた。
「何回見ても引くほどデカイな・・・」
グオはそう言ってそのまま口をポカンと開け、部屋いっぱいに広がるアリゲーターのホロ映像を見上げる。
「おそらく、ゼータが神経信号に同調しようとするとノイズが多すぎてリンクが成立しないんじゃないかという結論に至ったわ」
メイヴがそう付け加えた。
「その特性を応用して、我々の脊髄近くに位相ノイズ発生装置を装着する」
ニコライはそう言いながら、人の脊髄近くに超小型デバイスを取り付けているホロ模型を表示した。
「このホロ模型でのシミュレーションでは、ゼータの神経リンクを弾く事ができた」
ニコライの説明にカイが質問した。
「と言う事はもちろん、人体に影響は無いんだな」
「もちろん重篤な影響は無い。ただ、神経活動にどの程度影響するかは個人差がある。そこは装着してみてからの調整になる」
「なるほど」
カイは組んだ腕の片手であごを触りながら少し考える。
「我々から装着してみるのが適当だろうな」
「良ければオレが装着してみる」
ニコライが自ら申し出た。
「ありがとう、頼む。問題なければ順に装着していこう」
そこでルークが割って入った。
「ミタライへの装着は難しいかもしれない」
え・・・私?
私はルークを見た。
「ゼータの神経リンクの抗体ができてるはずだ。思わぬ拒絶反応を起こすかもしれない」
拒絶反応、か・・・
「装着できないとしても、彼女はその抗体のために、一定期間はゼータの神経リンクは張られない状態かとは思うが、それも確実に言える事ではない」
メンバーは皆、私を見つめた。
「拒絶反応を起こすかどうかは、血液検査でわかるわよね?」
メイヴがニコライに同意を求める。
「そうだな。まずは血液検査からか」
「ではいったん、この後全員血液検査だ。ニコライ、頼んだ」
「了解」
そこまででアリゲーターの話は終了した。
「次にルーク、神経リンク切断の応用はどうなってる?」
カイに言われ、ルークは話を始める。
「結論から言って、理論的には可能だ」
そうなんだ!
こちらにも希望の色が見えた。
「ただ、手術と同じような状況が起こる」
「同じような?」
私は彼にそう聞き返した。
「最初の段階の、人の頭の中の神経リンク受容周波数を読む事が他の医師にできないように、宇宙船でも他のヤツにはできない」
「どういう事だよ」
グオはルークの話になると今日も“?”な顔になる。
「その時々で変わる周波数を瞬時に読んで、それに対する量子位相波を流してるんだが・・・そもそも、その周波数を読む事ができないんだ」
「とにかく、他のヤツは、“読めない”って事だな?」
グオがかなり端折って強引にまとめる。
「ま、そう言う事だ」
「おまえやっぱり・・・なんか超能力がある種族の血が流れてるんじゃ・・・」
グオのいつもの遠慮のないツッコミに、ルークは自嘲的な笑みを浮かべ、やり過ごした。
チラつく女性の影に、不思議な色の瞳、特異な能力。
ルーク・ウォンという人物の存在は、確実に私の中で大きくなり始めていた。
episode8をお読みいただきありがとうございます。
毎日21時UP↑
全35話です。
引き続きお読みいただけると嬉しいです。




