episode33 : 星の弔い、そして
【ゼータ宇宙域 惑星Dahlia 北東部の海岸】
惑星Dahliaの海は神秘的な色をしていた。
海中に溶け込んだ微量のビリオナイトの影響で、ピンク色の波が呼吸するようにゆらめいて見える。
宇宙から見た時、この惑星がピンク色に見えるのもそのためだ。
ピンクの揺らめく海面が日の光にキラキラと輝き、それをバックに、リラはますます美しさを増して見えた。
「ゼノンは幸せだったことがあるのかしら・・・」
浜辺にしゃがみ、ゼノンの遺灰を流した彼女はボンヤリとそうつぶやいた。
「司令官は軍のトップで絶対的ではあったけど」
その絶対的ポジションは脆くも崩れ落ちた。
「結局、君といた時が一番幸せだったのかもな」
ゼータ軍司令官ではなく、一人の男としていられた。
だから最後まで、“ノヴァ”を求めた。
「最期を、君が見届けた。それでよかった」
オレは彼女の手を引いて立ち上がった。
「さ、行こう、風邪引いたら悪い」
「うん」
どんよりと重たい、グレーの中にところどころピンクがかった厚い雲からは、チラチラと雪が舞い降りている。
「だいたい新婚旅行がまずゼノンの散骨だなんて、シブ過ぎだろ、次行こ次」
「これ新婚旅行だったの?」
そう言って“うふふ”と笑う彼女が愛おしい。
ああ、こんなに美しい女性の胎内に、オレの子どもがいるだなんて。
改めて、感動だ。
「君もオレも軍はクビになったんだから、時間はあるだろ? せっかくだからゆっくりさせてもらわないと」
そう言いながら、モコモコのダウンジャケットの彼女の肩を抱く。
Earthは夏だったけど、ここは真冬だから、旅行に来た感はかろうじてある。
「クレアスから、この水晶が採掘される場所を聞いた。まずそこに行ってみたいんだけど、いい?」
「そこもだいぶシブいけど、いいわよ、時間はいくらでもあるもの」
母親の形見だったこの水晶のネックレス。
これはおそらく、父アルセリオンが母に託した物だ。
オレは、自分のルーツを何も知らないまま、王としての力を覚醒させた。
まずは、ルーツを知りたかった。
そして、今も感じる、シータ族の生体エネルギー。
おそらく、シータ族は絶滅していない。
星の消滅を逃れた少数が、この星に静かに潜んでいる。
【水晶採石場】
「これは、影星晶だ・・・」
年配の採掘職人は、珍しそうにオレのネックレスを見た。
「ちょっと拡大鏡で見ていいかい」
「ああ、かまわない」
そして昔ながらの小さなルーペでオレの胸元の水晶を覗いてみる。
「こりゃかなりクオリティが高い」
ルーペを下ろすと、職人は改めてオレの顔を見て首を横に振った。
「いやぁ、信じられない・・・この影星晶がシータの王室に献上されたという昔話はあったが、まさか本当だったなんて・・・」
「あまり採掘されないんですか?」
「滅多にねぇなぁ・・・オレぁもう30年ここでやってるがな、奥さんのブレスレットぐらいの大きさのでも、10年に1回見るか見ねぇかぐらいだ」
リラは自分の手首を上げて、ブレスレットの水晶を見る。
やはり、これはシータの王が持つ水晶だったんだ。
「ありがとうございました。この水晶がなんなのか、今まで知らずに生きてきたので」
オレの言葉に職人は感慨深げに頷く。
「感無量だ。この採掘場に、シータの王が現れるなんて」
そして何かをふと思い出したような素振りを見せた。
「・・・そうだ、そう言やぁ・・・ヘンなウワサがあるんだがな」
「ヘンなウワサ?」
オレは職人の言葉を聞き返した。
「シータの生き残りがいるんじゃねぇか、ってウワサの南の島があるんだ。知ってるかい?」
オレは彼女と顔を見合わせ、静かに首を横に振った。
もちろんそんな話は知らない。
「いや、知らない」
知らないが・・・
オレが感じるシータ族の生体エネルギーの正体かもしれない。
「あんたが知らねぇなら、やっぱりただのウワサかもしれねぇなぁ」
「それは、どこの島なんです?」
「それもよくわからねぇんだ。なんでも、地図にも載ってねぇ島で、Dahliaからは消された存在だとか・・・いかにも都市伝説だな」
職人は軽い世間話程度のノリだったが、オレは、それこそ、今も感じているシータ族の生体エネルギーの正体だと確信した。
*
【クレアスの家】
「ホントに目ん玉飛び出そうなくらいの美人だね!先生の奥さん!」
ダリー族の小さな男の子トニーが、こちらを見ながらルークの耳元でそう言ったのが聞こえた。
私はクスッと笑って、母親のマリアと目を合わせた。
今日はゼノンの散骨を済ませ、影星晶の採掘場を訪れた後、この辺りの観光地を周り、クレアス一家から夕食に招待された。
一家は、夫婦と4人の子どもたちで賑やかだ。
下から2番目のトニーがルークの患者で、この家族とは知り合ったらしいが、クレアスの父親がアルセリオンに仕えていたとは、ルークも全く予想だにしなかった事らしい。
けれどこの出会いも、シータの復活に向けた布石だったのだろう。
「奥さん、あんたも、オタマジャクシの姿煮を食べてみなぁ!クセになる美味さだぜ!」
なかなかの見た目の料理だ。
「先生も大好物だ!なぁ先生!」
ルークは豪快に笑うクレアスに笑顔で応えつつ、チラッと私を見てわずかに首を横に振る。
「では、遠慮なく、いただきます・・・」
とりあえず私は、オタマジャクシの姿煮を一口口に入れてみた。
おぉ・・・これは・・・なんとも・・・
「・・・味わった事のない、濃厚なコクですね」
「さすが王妃はコメントが違うなぁ!」
「疲れただろう?たくさん食べておくれよ!」
たくさんは、無理かなぁ・・・
私の箸先は、行き場を無くす。
そのタイミングでルークがクレアスに今日聞いて来た話を切り出した。
「そう言えば今日、この影星晶の採掘場で、職人から、シータ族の生き残りがいる南の島の噂を聞いたんだが・・・何か知ってるか」
クレアスはオタマジャクシをモグモグする口を一瞬止めて真顔になる。
何か知っている顔だ。
そしてマリアと顔を見合わせ、再びルークに視線を戻した。
「“魔の海域”って言われてるんだ」
「“魔の海域”?」
私とルークは同時にそう声に出した。
「確かに、その島は存在するんだが、そのエリアを通る船や航空機は必ずと言っていい程故障するんだ」
故障する・・・
「ハッキリした原因はわからないまま、何か見えない力が働いているようだというウワサが立ってな。10年程前から空も海も侵入禁止エリアになってる」
クレアスの話を黙って聞いていたマリアが、そこから小声で続けた。
「だからさ、そこに、シータ族の生き残りがいるんじゃないかって都市伝説なんだよ。あの種族は、独自の生体エネルギーがあるだろ? それでウチらの船や航空機を故障させて、近づかせないようにしてんじゃないかってさ」
なるほど。
「ゼータはその存在を知っているのか」
クレアスはルークの言葉に首を横に振る。
「都市伝説レベルだからな。知らないだろ」
本当にただの都市伝説なのだろうか。
ルークは、シータ族の生体エネルギーを感じると言っていた。
その“魔の海域”にある島に、シータ族が潜んでいるのではないかと考えてしまう。
「ま、なんにしろ、誰が行っても島には辿り着けずに戻って来る。大きな事故にすらなった事はないがな」
それがますますアヤシイ。
平和と調和を重んじる種族だ。
決して他者を攻撃しようとしているのではなく、近づかせまいとしている。
「行ってみるのか?」
「気にはなるが・・・まずはEarthに帰還して今回の報告をする。それからだな」
ルークはそう言い、同意を求めるように私を見る。
私はそれに応えるように頷く。
軍は私たちをクビにしておいて、今回の件の報告は求めて来る。
結局私たちはゆっくりするヒマなく明日Earthに帰還し、軍に出向く事になった。
だがどちらにしろ、“ルナ”の今後については軍と話し合わなければならない。
“マザーズエコー”は、軍でしか管理できない。
その後私たちは、L2D2が操縦するメビウス号が到着するまで、夫婦や子どもたちとの時間をゆっくり過ごした。
食事が終わると、子どもたちはルークとゲームを始めた。
私はマリアと窓の外の星を見ながら女性同士の話をした。
「私とルークは、家族がいなくて・・・」
「ああ、先生のお母さんが亡くなった話は聞いたよ。あんたも親はもういないのかい」
私は頷いた。
「だから・・・ここの家族の団欒が、すごく温かくて羨ましい」
きっとルークも同じ思いでいる。
だからこの家族を頼った。
「あんたたちならきっと、温かい家庭を築けるさ」
マリアは優しくそう言い、私のお腹を撫でた。
「小さい腹だね」
「大きくなるのかしら」
「なるよ」
自然と笑顔がこぼれた。
「母親ってのはね、子どものためなら宇宙だって変えられるんだ」
マリアも優しく笑う。
生まれてくる“サン”と“ルナ”のために、この宇宙が、調和に満ちた世界になってくれる事を、今は願うばかりだ。
*
【惑星Zeronia アルファ司令部 作戦室】
アルファ司令部の地下深く。
光を抑えた作戦室に数名の将校が着席していた。
円形のテーブル中央には、ホログラムで投影された惑星Dahliaが、淡いピンク色の靄をまとって浮かんでいる。
アル=ラーグスの命により、司令官となった私、ネリオスは、席に着くと、誰にともなく口を開いた。
「状況確認を行う」
この状況に、怒りもなければ焦りも無い。
ただ、処理を行う過程の確認をするだけだ。
「シータの王と、その妃は、惑星Dahliaを離脱済みなのだな?」
「はっ、王の船にて、重力圏外に移動中です」
若い副官が即答した。
司令官職も、環境から変えなければ。
古い考えに固執する頭デッカチも、体格自慢のハッタリ大男も、不要だ。
淡々と処理をこなす、妙な考えを持っていない若手は使える。
私は視線をホログラムのDahliaに戻した。
「ダリー族の動向は?」
「王を匿い、地下道を使用し脱出を支援。
結果として、ゼータ統治への反意が明確になりました」
一瞬、沈黙が落ちる。
その空白を破るように、別の将校が言葉を選びながら口を開いた。
「反乱、という事、でしょうか・・・」
「反乱ではない」
私は淡々と続ける。
「彼らは、我々の統治には不向きだっただけだ」
そもそも、やみくもに統治を広げるゼノンのやり方がマズかっただけだ。
「ゼノンの墓は、必要ない」
私の言葉に1人の将校が聞き返した。
「と、申しますと?」
「あの男が倒れた星は、処分しろ」
作戦室に沈黙が流れた。
「聞こえないのか?」
副官の一人が、口を挟みかけた。
「ですが、民間人が・・・」
私はその副官に目を向けた。
有無は言わせないぞ。
「処理を、開始する」
作戦室の空気が変わる。
「惑星破壊ミサイル“シグルド”発射準備」
ホログラムのDahlia周囲に赤い照準円が重なる。
「発射角度、ゼロ誤差。
着弾後、惑星核への侵入を確認次第、連鎖破壊を開始します」
「よろしい」
私は立ち上がり、最後に一度だけ惑星を見下ろした。
「星の代替えは、いくらでもある。人の代替えもそうだ」
数分後、惑星Zeroniaから、一本の光が宇宙へと放たれた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
Season1 〜The Awakening〜 も、いよいよ残り2話です。
次回から、ルークとリラ、そして“星脈”を巡る運命が大きく動きます。
Season2へ直結する重要エピソードになりますので、
ぜひ最後まで見届けてください。




