episode31 : Dahliaへの潜行
〜ゼノンの期限当日〜
【ゼータ宇宙域 惑星Dahlia 北東部】
オレはその日の早朝、予定通り、惑星Dahliaのポートに降り立った。
ダリー軍のある北東部の季節は冬。
髪の色が目立たないよう、ニット帽を深くかぶり、ダウンコートに身を包んだ。
目には偽造虹彩を仕込んだ黒いコンタクトを装着している。
虹彩認証のゲートは無事通過した。
『ユーシェン・ワン様、Dahlia北東部へようこそ』
AIの美しい女性がこちらに微笑む。
リラの胎内で生命が結びついた瞬間、あの銀色の星脈波と共に、オレの中に完全に星脈が蘇ったのを感じた。
宇宙の全てのエネルギーと人々の意識が、とてつもなく大きな渦となり、その中心にいる自分を襲って来るようだった。
オレは即座に、それを感じないよう、シャットダウンした。
あまりにも大きな力に、自分が何者なのか見失ってしまいそうだった。
アルセリオンは最後まで、ゼータを調和しようと試みた。
消そうと思えば、簡単に消せたはずだ。
それをせず、自らの星と民を亡き者としてしまった。
その課題を、オレに残したんだ。
〈ルーク、おまえならどうするのだ〉
アルセリオンの声がする。
オレは今、試されている。
シータの王として、相応しいのか。
その一歩を、踏み出す。
約束の場所を前に、人気の無い路地裏へ入る。
想像以上に寒さは厳しく、雪がチラついていた。
Earthのカラッとした明るい暑さの中から来た身には、まるで別世界の惑星に来てしまったのを感じる。
しばらく歩き、使われていないビルの錆びれたドアを開けた。
次の瞬間。
横から額に突き付けられる冷たく硬い銃口。
オレは静かに両手を上げ、ゆっくり、視線を銃口の方に向けた。
「クレアス、オレだ。ルーク・ウォンだ」
銃口を向けていたクレアスは息をついてその手を下ろした。
「悪いな。例の王妃様のおかげで見張りのゼータがウロウロしてやがる」
それはそれは、ウチの妻が申し訳ない。
と心の中で謝っておく。
「こっちだ、行こう」
路地に誰もいない事を確認し、静かにドアを閉めた。
「ここの地下が軍に繋がっている」
クレアスに、軍で秘密の取引があるからと、手引きをしてほしいと頼んでいた。
最初は渋られたが、息子の病気を治した恩人なのだからと、妻で肝っ玉母ちゃんことマリアがクレアスの背中を押してくれた。
降りて来たのは見るからに古い地下道。
ライトを点けると、細く続く通路が照らし出された。
人しか通る事を想定していない、大人の男がやっと通れる高さの天井は、ところどころコンクリートが朽ちて崩落しており、地下水が浸み出している。
幅も2人並んで歩くのがやっとだろうか。
底冷えするような冷たさの中に、カビ臭さが若干鼻につく。
「気をつけな、足元が悪い」
言ってクレアスは地下道を歩き始めた。
オレもその後に続く。
「ただでさえ遅れてるインフラ整備が、ゼータの統治下になってますます遅れてやがる。宇宙船ポートばっかりハリボテみたいに最新式にしやがって、庶民の生活は大昔から変わらない」
ダリー族は元々、高度な文明は持ち合わせていない。
ただ、自然と豊富な資源が豊かにある事が強みだった。
オレのネックレスの水晶が採れるのも、その豊富な鉱石資源ゆえだ。
「ヤツらは軍も完全に掌握しているのか」
「ああ。順次、ヤツらの神経リンクを張られてる。その上、兵が足りないと言って10代後半の子どもまで徴兵に乗り出しやがった。ウチの長男もいつ捕まるか・・・そうなったら大学どころじゃねぇ」
クレアスからはゼータのリンクを感じない。
まだ張られていないのが幸いだった。
クレアス一家はまるで、Earthの昔の家庭のようで温かい。
ゼータの統治により、こんな温かな家庭までもが侵食され始めている。
「基地内の地図はあるか」
「ああ、ある」
クレアスは歩きながらポケットに丸めて入れておいた紙をオレに渡した。
「これだ」
オレはそれを受け取り、いったん止まって地図をホロセルでスキャンした。
図示された座標と標高を読み取り、3Dホログラムで表示が可能になる。
「よし、読み込んだ、これは返す」
オレはクレアスに紙の地図は返した。
「“例の王妃様”がおでましになるのはどこだ」
クレアスは若干口を開け、オレの顔を強い視線で見る。
「やっぱり・・・シータの王妃関連なのか」
それだけはいったん隠さずに言うしかない。
「そうだ」
「先生、あんた・・・」
クレアスはそこまで言い、口をつぐんだ。
「・・・急ごう、まだけっこうあるぜ、王妃様をお迎えする部屋までは」
「わかった。頼む」
オレはクレアスに続き、暗く冷たい地下道を急ぎ進んだ。
*
【惑星Earth
オメガ第1自治区 東部宇宙船ポート】
「リラ!」
メイヴが私を抱きしめた。
「あんたを行かせるなんて、ホントに軍はロクデナシよ!」
「メイヴ・・・仕方ないわ。私は大丈夫だから」
私が出向かなくとも、おそらく、“ルナ”の力でEarthはゼータの攻撃から守られるはずだ。
だがゼノンが執拗に私を追う事は避けられない。
ならばいったん出て行くしかない。
「リラ・・・」
メイヴに続けてグオとハグを交わす。
「腹出して寝るなよ」
私はクスッと笑ってお腹に手を当てた。
「うん」
星脈位相制御領域が王の長男に強く遺伝する事があり、受精がわかった後、私とルークはやはり、ジアンに子どもたちの性別を聞く事にした。
私のお腹の子は男の子。
マザーズ・エコーの子は女の子だった。
これにより、私のお腹の子には、ルークと同じ星脈位相制御領域が備わる可能性は高い。
その男の子を“サン”
女の子を“ルナ”
という名前に決めた。
「行こうか」
私は黙ってカイに頷いた。
そして、見送りに来てくれたグオとメイヴともう一度ハグして、カイと共にゲートに向かった。
Zeroniaから帰還する時もカイが迎えに来てくれた。
そして今日もまた、カイがDahliaまで付き添ってくれる事になった。
軍人としてではなく、一私人として。
ホロセルには、ニコライと医療部のメンバーからホロメッセージが届いていた。
『リラ、行けなくてごめん』
『リラ、無事に帰って来て!』
『待ってるからね!』
除名という処遇を受け、私の事を避ける人が大半だったが、中にはこうやって、温かい言葉をかけてくれる人もいた。
それだけで十分だ。
私はそのホロ映像をしっかり心に焼き付けて、ホロセルの電源を切り、カイに渡した。
「もう、渡しとくわ」
「わかった、預かっておく」
ゼノンに引き渡されば、持ち物は全て置いていくよう指示されるだろう。
予め、データの残る物はカイに渡しておかなければ。
「あ、それとこれも・・・」
私は左手の指輪を外した。
「なんでそんな大事なものをルークに預けとかないんだ」
カイは少し呆れたようにそう言った。
「忘れてたのよ、バタバタして」
本当は、ルークに渡す事は、なんだか“返す”事のようで憚られたからだった。
ただ、ゼータの神経リンクを弾くブレスレットだけは外せと言われるまでは外せなかった。
お腹の子“サン”の発する星脈波を観測されてしまう。
私はカイと出星ゲートを通過し、迎えのダリー軍の担当者と合流した。
危険物を所持していないかの検査をされ、データを取れるものは置いていくよう指示されたので、カイは自分と私のホロセルを出星ゲートの保安担当者に預けた。
これで、Earthとは連絡が取れない。
少しずつEarthから離れていく事を感じる。
*
【惑星Dahlia 北東部 宇宙船ポート】
「付き添いはここまでにしてもらう」
宇宙船を降り、到着ゲートを通過すると、迎えのダリー族の軍人は俺にそう告げた。
リラの待機場所を特定されては困るからだろう。
「カイ」
リラは俺に抱きついた。
「リラ」
彼女の小さな体を抱き返す。
自分1人の体ならともかく、彼女の胎内には今、大きな力を持つ生命が宿っている。
堕胎させられるような事があってはいけない。
彼女はその事を1番恐れている。
「ゼノンに、Earthを攻撃するとか、ルークを殺すとか俺を殺すとか言われても、まず1番に自分を大事にするんだ」
そう言って彼女の顔を見る。
「生きていれば必ず・・・」
助けに来る。
最後の言葉は、ダリーが見ている前では言わなかった。
「うん、ありがとう、ここまで来てくれて」
もう一度ハグし合うと、俺はリラから離れた。
1人のダリー族の男が一歩前へ出た。
「私たちも、ゼータの言いなりになって乱暴なマネはしたくない。可能な限り、彼女の安全には努める」
「わかった。よろしく頼む」
ダリー族は2人がそばについていたが、終始穏やかな対応だった。
この2人だけではなく、遠くからはゼータが監視しているのかもしれないが。
ダリー軍も望んでゼータに統治されているわけではない。
この2人の対応を見ているとそれがよくわかった。
リラは2人の男に囲まれ、こちらを振り返りながら、雑踏に姿を消した。
周りを見回し、帰りの船を確認するフリをしつつ、トイレに入る。
そして持っていたリンクコムを起動した。
“Dahliaの宇宙船ポートでミタライを引き渡した”
メッセージを送るとすぐにロベール少佐から返信が届いた。
“了解、予定通りそのまま帰りの船に乗れ”
軍のリラを見放す決定に、実は多くのオメガ軍人が反旗を翻した。
女性を生贄に捧げるなどという野蛮な行為は、ゼノンのしもべになったも同然ではないかという声が上がったのだ。
当然の事だろう。
ただ、軍としては、表向きには、決定を覆すわけにはいかなかった。
ゼノンと世間の目があるからだ。
ロベール少佐が中心となり、参謀総長と連携を取って、ジアン・パクによるルークとリラの体外受精は万全の設備投資を行い順調に推移している。
機関システム部が協力し、“ルナ”の星脈波を最大限に増幅する措置も取っている。
“ルナ”は、Earthを守る、最後の砦だ。
ゼノンはリラに手を出せないとわかったら、必ずEarthを攻撃してくる。
既にオメガ軍は、水面下でその時に備えていた。
だからEarthの事は心配要らない、おまえはリラを救う事だけを考えろ。
ルークにはそう伝えてある。
いったん、俺の役目はここまでだ。
俺はリラに預かり、持っていた指輪を手に出して見つめた。
こちらを振り返った時の彼女の表情は脳裏に焼き付いていた。
必ず、これを彼女の指に戻さなければならない。
強くそう思った。
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