episode29 : 命の兵器
〜ゼノンの期限まであと2日〜
【オメガ(Ω)軍 医療部
ジアン・パクの研究室】
「受精卵を確認したわ」
医療用ポッドが開き、顔を出したジアン・パクは、中で横になっている私にそう告げた。
私は起き上がり、そばにいたルークの顔を見た。
彼は、頬笑んで頷いた。
私は自分のお腹にそっと手を触れた。
信じられない・・・
私の中に、新しい命が眠っているなんて。
「おめでとう」
私はジアンに微笑み返した。
「ありがとう」
「さ、これはまだ“お世継ぎ作戦”の第一段階よ。この後体外受精を行うわ」
「あ、先生、その事なんですが・・・」
私は言いながらポッドから降りた。
そして昨日、ルークと話し合った事を彼女に告げた。
体外受精を行う子どもは、私の胎内では育たない。
通常、受精卵は母親の胎内に戻されるが、私の胎内には既に別の受精卵がいるからだ。
けれど、お腹の子も、体外受精する子も、なんら変わりない、私とルークの子どもなのだ。
だから、自分たちの手で受精を行いたかった。
「それはもちろんできるわ。アンプルに入った卵子と精子を培養槽に入れるだけだから」
ジアンは小さなアンプルを二つ取り出した。
「これよ。後は自然妊娠と同じで、精子が泳ぐ力で卵子にたどり着くのを見守るしかない」
続けてジアンが示したのは、台座に設置された透明な楕円球体だ。
中心にほんのりピンクの光が浮いている。
「これが培養兼育成槽の“マザーズ・エコー”。リラの胎内を可能な限り再現してるわ」
ジアンはそう言い、マザーズ・エコーに向き合う。
「内部は超流動プラズマで満たされていて、完全な無重力。
受精卵はどこにも触れることなく、エネルギーの均衡点に浮いてるわ。
内側の壁面に透明なバイオワイヤーが血管のように張り巡らされていて、リラの体内に埋め込んだセンサーからホルモンバランス、心音、感情までもが量子通信で送信され続けるの。
いわばリラの子宮のリアルタイムコピーね」
私の子宮のリアルタイムコピー・・・
「私のお腹の中の子どもと近い状態で育つということ?」
「そういうこと。リラが産気づけば、同時にこのマザーズ・エコーも“産気づく”」
「じゃ、生まれるのも一緒?」
ジアンは頷いた。
「一緒。二卵性双生児だと思えばいいわ」
私はルークと顔を見合わせて頷き合った。
体外受精する子は、冷たい機械の中で育成されるところを想像していたので、ジアンの話を聞いて安心した。
「さ、始めましょう」
私は大きく深呼吸した。
ジアンに指示された通り、私とルークはそれぞれのアンプルを指で持ち、指定された場所に慎重に入れた。
「ここがスイッチ」
ジアンはマザーズ・エコーの手前のコンソールの赤いスイッチを示した。
「ここを押して」
私が指先でそのスイッチに触れると、上からルークの手が重なる。
そして一緒にそのスイッチを押した。
ポチッとわずかに指先に感覚があり、周囲に遺伝子の螺旋がホログラムとなってフッと浮かび上がった。
「卵子の中の遺伝情報よ。ここに精子が飛び込んでくれば・・・」
ジアンがそう言い終える前に、ホログラムは眩い銀色の光を放った。
そして、銀色に光る無数の糸が研究室に張り巡らされた。
「昨日の夜と同じだわ・・・!」
銀色の光が星流のようにマザーズ・エコーに流れ込んでくる。
その光はクルクルとマザーズ・エコーと私たちの周りを回る。
「受精だ・・・さすがオレ、泳ぐの速い」
ルークの謎に得意げな言葉に私は笑った。
すると、マザーズ・エコーから強い光が発せられ、それが一瞬で波のように広がった。
「星脈波だわ・・・」
光がマザーズ・エコーに吸い込まれて消えると、ジアンはコンソールを確認し、こちらを振り返った。
「受精したわ。見守るヒマもなかったわね、おめでとう」
私は、マザーズ・エコーの中を覗いてみる。
「触ってみて」
ジアンに言われ、透明のマザーズ・エコーに触れてみる。
「わぁ・・・柔らかい」
ルークも私の後ろから手を伸ばして触ってみる。
「ホントだ。君のお腹みたい」
「えぇ?」
「そうよ、あなたの生体データのコピーだから、ホントにあなたのお腹と一緒よ」
「へぇ・・・すごい・・・」
触っていると、真ん中に浮いているピンクの淡いモヤモヤした光の中でチカチカっと銀色の小さな光が瞬く。
「光ってるわ・・・」
ジアンは腕を組んでじっとその光をのぞき込む。
「こんなの・・・見たことない」
そしてコンソールでデータを確認する。
「受精卵が細胞分裂を起こすと星脈波が生まれるんだわ・・・光はそれね」
ルークがジアンの横からコンソールを見る。
「星脈位相制御領域が1番強く遺伝するのは長男というデータがある。この子たちが両方男の子なら、どちらに強く遺伝するんだろう・・・」
「私のシミュレーションによると、星脈波の強さは男女差、個体差はなかったわ。ただ、とりあえず遺伝を知りたいなら、性別は染色体ですぐにわかる」
「あ、そうか」
ルークはハッとする。
「えっ、待って!」
そんなのまだ心の準備が・・・
一般的にはまだ着床もしていない段階で、妊娠したかはわからない段階だ。
それなのに、受精したとわかったとたん性別もわかってしまうなんて・・・
なんだか気持ちがついて行かない。
ルークは私の気持ちを察したのか、穏やかに微笑んだ。
「そうだな・・・どっちかわかるのは、もう少し先でいいか」
「うん・・・」
ああなんだか、ドキドキした。
「じゃ、リラ、あなたはまた医療ポッドよ。子宮内膜を着床に向けて万全な状態に整えておかなきゃ」
そうだ。
私は明後日、ゼノンの元に向かわなければならない。
ジアンのシミュレーション上では、お腹の子どもが発する星脈波でゼータの力は働かず、同じ場所にもいられないとのことだが・・・
それでも、恐怖が無いわけでは無い。
せっかく授かったこの子を失うようなことだけは・・・
「オレは対策室にいる。君はゆっくり横になって、子どもの名前でも考えて」
ルークはそう言って指の甲で私の頬に触れた。
「男男、男女、女女、組み合わせ毎に考えなきゃ」
私は微笑んだ。
「そうね」
今は、できる事をしなきゃ。
私は再びポッドに横たわった。
*
【AZF対策室】
『リアム、トイレですね、お庭に出ましょう』
リアムはAZF対策室にいる時、トイレはL2D2に訴えればいいと学習していた。
2人?はいつものように仲良く掃き出し窓から中庭に出た。
クドウは意識を取り戻したものの、まだ任務に復帰できる状態では無いため、AZFの活動時間を捻出するためにリアムの世話を買って出ている。
俺にしかなついていないのが幸いだったが、ここではグオにもリラにも、L2D2にまでもなついてしまった。
今日は医療部2人は通常任務で来られない。
朝一でルークとリラはジアン・パクの医療室だ。
リラの受精の確認と、体外受精を終えてルークはここに来る予定になっている。
「ワンッワンッ、ワンッ!」
ただ事では無いリアムの吠える声。
「ん?」
俺は顔を上げ立ち上がり、窓から外をのぞいた。
その瞬間。
眩い銀色の閃光が医療部の棟から波のようにブワッと一気に広がった。
「なんだ?!」
思わず身を縮め、腕で顔を隠す。
「ワンワンッ!ワンッ!」
『リアム、大丈夫ですよ、大丈夫』
L2D2はなぜか落ち着いて、アームを伸ばしリアムを撫でる。
「なんだ、今のは・・・」
その時対策室のドアが勢い良く開いた。
「今光ったよな?!」
グオだった。
「ああ、いったいなんだ?」
「昨日の夜もあったんだ!SNSに上がってる!」
「SNSに?」
俺は何事も無かったかのようにいつも通りに戻った中庭に目をやり、部屋に入った。
「ほらコレ!昨日花火が上がった後に謎の銀色の光が発生したんだ。花火の演出かと思ったけど違うようだって書いてる」
確かに、銀色の細かい粒子が糸を張るような形で一瞬にして広がっている。
「雷じゃないよな」
グオは首を傾げる。
『受精の星脈でございます』
L2D2が部屋に入りながら、どこか悟ったような口調でそう言った。
「受精の星脈?」
俺とグオは同時に聞き返した。
L2D2は、目の光を下に下げ、頷く。
『昨晩、リラ様の胎内で、“お世継ぎ”が誕生されたのです。ジアン様がその確認をされているはず・・・』
「じゃ、今の光は・・・」
L2D2はもう一度目で頷く。
『そうです。研究室で、体外受精が成功したのでしょう』
「ん?リアムがなんか咥えて来たぞ?」
グオが掃き出し窓から入って来たリアムの口から金属の塊を取った。
「これは・・・!」
ゴルフボール大ほどのドローンだった。
「・・・ゼータの偵察ドローンだな」
『おそらく、受精卵の発する星脈波で力を失って落ちて来たのでしょう』
そういうことか・・・
「星脈波でゼータのリンクが消失するという証明だな」
『さようでございます』
「けどさ・・・」
グオがL2D2の話を聞き、壊れたゼータのドローンを投げて再びキャッチする。
「コイツが壊れたらゼータは異変に気づくだろ。しかも、昨日の夜とさっきの光。ゼータ側も観測してるかも」
偵察ドローンはおそらくこの一機ではないはず・・・
一斉にドローンのデータが消えれば、こちらが何か策略を立てていると勘づかれてしまう。
星脈波の派手な光に関しても、グオの言う通りだ。
『リラ様はご主人様が作ったブレスレットでゼータの神経リンクを弾きます。それにより、発する星脈波はゼータは観測できないはずです』
「なるほどな!」
グオはドローンを投げてはキャッチを繰り返し、その度にリアムが遊びたそうに前脚をピョンと上げる。
その時、対策室のドアにノックの音がし、開いた。
「ルーク!」
入って来たのはルークだった。
「リラは?」
「受精がわかったから、ポッドで子宮内膜を整えてる」
確認できたのか・・・
「体外受精も、成功したんだな?」
そう聞くとルークは頷いた。
「ああ」
これでゼータに対する強力な兵器とも言える星脈波が誕生し、喜ぶべきところなのだろうが・・・
なぜか俺の心は複雑だった。
リラは本当に、ルークの子どもを産む。
2人は、結婚する。
ルークの左手に、昨日まで無かった銀色のリングが光っているのも目についた。
彼女はこれで本当に幸せだろうか。
こんな形で、子どもをもうけ、結婚する事が。
「あのさ、コイツどうする?ゼータの偵察ドローン」
グオはルークにドローンを差し出す。
「星脈波で落ちて来た」
「それは・・・マズイな」
「だろ?」
「ちょっと貸せ」
ルークはグオからドローンを受け取り、目を近づけてドローンを見回す。
「L2D2、針金ちょうだい」
針金?
『かしこまりました!』
L2D2は自分の後頭部から針金を出してルークに渡した。
ルークはそれを受け取り、ドローンの一部分に針金の先端を当てて押した。
するとカチャンと小さな音を立て、ドローンの胴体部分のフタが開く。
「さすがゼータ。原始的な作りだ。磁石」
磁石、と言いながらL2D2に手を出すルーク。
まるで手術中の医者がメス、と手を出すようだと思ったが、よく考えてみればコイツは医者だった。
『どうぞ』
ルークはL2D2が出した細長いタッチペンのような磁石をドローンに近づけた。
「よし」
「よし?直ったのかよ」
「いったん元通り飛ばしとこう。あと2日、ゼータに悟られないようにするためだ」
ルークはそう言って掃き出し窓から外に出る。
「おっ!飛んだ!」
「ワンッ、ワンッ」
グオとリアムがほぼ同時に声を上げる。
『リアム、あれはフリスビーではありませんよ、ドローンです。戻って来ません』
ドローンが空高く昇っていってしまったので、リアムは首をかしげた。
『手分けして基地内に落ちているドローンを探しましょう!』
「ヨシ!リアム行こうぜ!」
「ワンッ」
L2D2とグオ、リアムに続いて対策室を出ようとしたところを、ルークに呼び止められた。
「カイ、ちょっといいか」
俺は振り返った。
「なんだ」
ドアがパタン、と閉まり、部屋に静寂が流れる。
「リラの事だ」
ルークはいつになく真面目な顔だった。
「この先、オレにもしもの事があったら、その時は彼女を頼む」
自分がシータの最後の王アルセリオンの息子だとわかっても、飄々としてブレる様子が無かったルーク。
だが今、目の前のルークは、揺らいでいるように感じた。
「もしもの事がある気がするのか」
「どんな事があっても、彼女と子どもたちを守る気でいる。ただ、だからこそ・・・」
ルークは俺から視線を外し、どこか遠くを見るような目でつぶやいた。
「運命は、繰り返す・・・」
繰り返す・・・?
「そんな気がする」
自分が、アルセリオンのようになると言うのか・・・
ルークは自嘲的に、わずかに笑う。
「彼女は、本当は・・・あんたみたいな男を好きになった方が幸せだったのに」
“カイと付き合えばさ、軍を味方に付けられる。カイは出世するよ、絶対。10人中10人がカイの方がいいって言うに決まってるよ”
いつかのグオの言葉がふと蘇る。
「リラは、おまえを愛してる。だから子どもを産む決意をした。誰も代わりはできない」
定められた、運命の相手。
シータの復活のために。
彼女は、それを背負う事になった。
いや多分、最初からそう決まって生まれてきたのかもしれない。
「だが・・・俺にできる事はする」
彼女を支える事なら、俺にもできる。
「怖いのか」
そう聞くと、ルークはいつものようにニッと笑みを浮かべた。
「コワイって言ったら代わってくれる?」
俺はルークの肩を軽く叩いた。
「誰が代わるか、行くぞ」
俺たちは2人で対策室を出た。
episode29をお読みいただきありがとうございます。
刻一刻と迫る、ゼノンの期限の日。
いよいよ物語はクライマックスに近づいています。
ぜひ、最後までお付き合いください。
毎日21時UP↑
全35話です。




