episode26 : 幸福という名の違法行為
【オメガ軍 AZF対策室】
「軍はおそらく、この事実を知っても決定を覆す事はしないだろう。ゼノンに背く事は即戦争に繋がる」
ロベール少佐は、対策室の中央の席でそう結論づけた。
「しかし少佐、みすみすミタライをゼノンの生贄にするような事は・・・!」
カイは珍しく、語調を強めて身を乗り出し、ロベール少佐に訴えた。
少佐は短くため息をつく。
「わかっている・・・」
少佐を筆頭とするAZFメンバー。
私、ルーク、カイ、グオ、ニコライ、メイヴ。
そしてロベール少佐を含めた7人の間に沈黙が流れた。
ロベール少佐は、私たちの顔を見ながら、若干声のトーンを抑えて話を続けた。
「だから、軍には報告せず、事を進めなければならない」
「少佐・・・!」
まさか、真面目で優秀な少佐を絵に描いたようなアラン・ロベールという軍人が、そんな事を言い出すとは思ってもみなかった。
「上には、チーム解体のための雑務と称して、引き続きこの対策室は使えるよう取り計らっておく。だが私ができるのはそれだけだ。あとはキリュウ・・・」
ロベール少佐はそう言いながらカイに向き合った。
「やりたいなら、勝手にやれ」
ロベール少佐らしからぬセリフに、カイは少し笑みを見せた。
「では、勝手にやります」
少佐もそれに応えるようにわずかな笑みを見せると立ち上がった。
「何かあれば連絡しろ・・・いや、連絡はするな」
そしてブルブルっと小刻みに首を横に振り、対策室を出て行った。
「意外だな!あの人がこんな対応!」
グオが少佐が出て行くのを確認すると、すかさず感想を漏らした。
そしてこちらに向き直る。
「でもさ、あと1週間よ?ゼノンの期限まで」
「そうなのよねぇ・・・」
メイヴは椅子をクルッと横に回転させながら腕を組んで片手で顎をつまむ。
そしてチラッと横目で私とルークを見る。
「まいくら頑張っても、1週間以内に受精にこぎつけるのは、けっこう、ハード・・・」
「ハードとか言うな」
ルークのツッコミに私は恥ずかしくなり下を向く。
「まぁだから、タイミングもある事だし、いくらルークでも、なぁ・・・」
「いくらルークでも?」
今度はニコライの言葉に突っ込むルーク。
「医学的に対処するしか無い」
信じられない程冷静にカイがまとめた。
「ここには医師が2人、看護師が1人いる。できるはずだ」
「いやオレとルークは形成外科医だからさ」
「脳神経外科でもそれは無理なのかよ」
「無理だろ」
その時、対策室のドアがカチャッと開いた。
誰?
メンバー意外の人間なのは確かな事で、思わず警戒する。
『ここにおりますよ、専門家が』
キラーンと目を光らせたL2D2がドアの向こうから姿を現し、その金属のアームがジアン・パクの白衣を引っ張っていた。
「パク・ジアン・・・」
ルークが彼女の姿を見てつぶやいた。
ジアン・パクは気まずそうにこちらに背を向けようとするも、L2D2とリアムに挟み討ち状態になっていた。
「ワンッ」
彼女は、降参、と言うように両手を上げてみせた。
そして周りを確認し、L2D2とリアムと共に部屋に入って来た。
「・・・やるのね?」
ルークに向かってそう言う。
ルークは立ち上がって頷いた。
「やる」
すると彼女は、私の方を見る。
「リラ・ミタライ、あなたもいいのね?これは単なる任務ではないのよ。命の尊厳が掛かってる。その覚悟はあるのね?」
私も立ち上がった。
「あります」
ジアン・パクは腕を組んで頷いた。
「いいわ。ゼノンに引き渡す前の健康診断とでも称して、数日で受精するよう医療処置を行う。ただしそれはルークとリラに健全な生殖能力がある事が前提よ」
彼女の言葉に、カイが立ち上がった。
「これは軍の任務では無い。しかも優生保護法や生命倫理基本法にも抵触する恐れのある行為だ。あなたは、それを犯してもいいんですか」
今、ロベール少佐には“勝手にやれ”と言われた。
AZFの活動は軍の管轄では無くなっているのはもちろんのこと、生命の操作は倫理観念上、原則禁止だ。
「もちろん。私の提案だもの」
言いながらジアンは白衣の胸ポケットから“退職願”と書かれた封筒を出した。
「医療部長に辞表を出しに行こうとこの前を通りかかったら、このコたちに捕まったのよ」
彼女はそう言いながらL2D2とリアムを見る。
辞表・・・?
「辞めるつもりなのか・・・」
ルークがそう言うと、ジアンは短く息をついた。
「今回の一件で、実家の親が痺れを切らしたのよ。結婚する気も無いなら、帰って来て実家のクリニックを継げと」
「そういう事か・・・」
ジアンは首をすくめた。
「これは、私が決めた、最後の任務よ」
そして、AZFのメンバーを見回すと、覚悟を決めたように強く言った。
「必ず成功させるわ」
私がルークの子どもを妊娠する事で、果たして本当にゼータの強行を止める事ができるのか。
それはまだ誰にもわからない。
でも今は、それに向かって進むしかない。
〜ゼノンの期限まであと6日〜
【医療部 ジアン・パクの診察室】
「検査の結果、2人とも生殖能力は健全で、いつでも子どもを授かる事ができるわ」
私とルークは、ジアン・パクの前に並んで座り、彼女の話を聞いた。
“子どもを授かる事ができる”
その言い方に改めて、私とルークは今、子どもをつくろうとしているんだと実感した。
私たちの遺伝子が結合すればそれは、ゼータにとっては兵器になる。
それを故意に作り出す事は、倫理観念上許される事ではなく、自らの体と愛する人の体を使って実行しようとしている自分が怖かった。
「リラ、あなたは今、排卵の時期よね」
ジアンは私に向き合ってそう言った。
「はい・・・そうだと思ってました」
「排卵誘発剤を使うつもりだったけど・・・奇跡的なタイミングよ。ゼノンに切られた10日間に、その時期が重なるのは」
私の体は、シータの運命に、突き動かされている。
そう感じた。
「おおいに、自然妊娠が望めるわ」
隣のルークと一瞬目を合わせると、彼は私の手を握った。
「具体的に、オレはどうすれば?」
ルークの大真面目な質問にジアンは若干呆れたように答えた。
「そんなの決まってるでしょ、普通にしてればいいのよ」
普通に、して、れば・・・
医師に面と向かってそう言われるのは非常に変な感じだ。
「絶好のタイミングだから、今日から毎日、受精率を上げるためのカプセルに入ってもらうわ」
「カプセル、ですか・・・」
「あなた、大掛かりな整形で再生カプセルに入ったでしょう?あれと同じようなものよ。ただ寝てればいい。生殖能力を活性化するの」
ジアンは電子カルテのホログラムを見つめて腕を組んだ。
「ただそれだけでは受精の確証があるわけではないわ。毎日診察してリラの状態を見ながら、採卵して体外受精の準備を整える必要がある」
そして少し間を空け、神妙に先を続けた。
「あなたたち2人の卵子と精子を培養槽の中で受精させれば、それは兵器になる。わかった上でやるのはもちろん生命基本倫理法に抵触する事だわ」
そこまで言うとため息をつき、私たちの方に向き直った。
「とりあえず今日から頑張って、自然妊娠を目指して。できたら私に違法行為をさせないで。クリニック継がなきゃならないの」
最後は冗談まじりにそう言った。
「メイヴ!」
ジアンは振り返ってメイヴを呼んだ。
「はい!」
メイヴは待ってましたと言わんばかりに顔を出す。
「おまえ絶対聞き耳立ててただろ」
「やだわ人聞きが悪い。これが私の仕事ですから。ねぇ、ドクター」
メイヴはそう言いながら、電子カルテの情報をカプセルに転送する。
ジアンはフッとわずかに笑みを浮かべた。
その横顔は、医師であり研究者である肩書と相まって、ミステリアスな美しさを際立てだ。
彼女は、間近で見ると本当に美人だった。
ルークが目を付けたのも納得・・・
そう思いながらルークをチラッと見ると、彼は私の視線に気づく。
「ん?」
私は首を横に振った。
「ううん、なんでも」
「なんだよ・・・」
と同時にジアンは立ち上がる。
「私はキリュウ大尉に診察結果と方針を伝えに行くわ。メイヴ、後はお願い」
「イエス・サー!」
メイヴは大袈裟に敬礼して私たちを見るとニヤッとした。
【外来宇宙船停泊エリア 宇宙船メビウス号】
『本日から、ジアン・パクDr.監修の元、わたくしが考案した、“受精率を上げる”スペシャル・ディナーのコースをスタートさせていただきますので、どうぞごゆっくりお召し上がりくださいませ!』
意気揚々とL2D2は私とルークに夕食を準備した。
「テンション高いな」
ルークはダイニングテーブルにつきながらL2D2にそう言う。
『当たり前でございます!敬愛なるご主人様とリラ様が、お子様を授かる事になるのです!わたくしめにとって、これほどの感動はございません!』
AIって感動するのね。
私は密かにそう思い、ふふふ、と笑っておいた。
『ではまず、食前酒からお召し上がりください。明日以降リラ様にはアルコールはお控えいただきますゆえ』
私たちはスペシャル・ディナーをゆっくり楽しんだ後、今度は気分を盛り上げるためと、特大のカマクラのような泡が立つバブルバスに入れられた。
L2D2のお膳立てでルークと2人、彼の宇宙船で過ごしていると、軍に背いた特別な使命の中にいる事を忘れる。
力を貸してくれるAZFの仲間やジアン・パクに報いるためにも、必ず成し遂げなければならないが・・・
ルークと2人だけのこの時間は、1人の女性として幸せな時間を過ごす事にしよう。
それがせめてものわがままだ。
「気分を盛り上げるためって・・・この泡のせいで君との間に壁が・・・」
ルークはそう言いながら笑った。
姿は見えないが。
泡の山で。
「ねぇ、じゃあ壁を超えて来て」
「よしそうする」
ルークはどうやら、泡の山の向こう側からカマクラのように穴を掘り始めた。
ゆらゆら揺れる巨大な泡のカタマリはフンワリいい香りがする。
「ところでさ・・・」
「ん?」
「ホントにいいわけ?」
「なにが?」
「よく考えて。君は知り合って2ヶ月足らずの、得体の知れない宇宙人とのハーフの男と、子どもを作ろうとしてるんだけど。間違いない?」
私はクスッと笑った。
「間違いない」
「神に誓う?」
「誓う」
目の前の巨大な泡からルークの手が現れ、穴が開いた。
「じゃあ・・・」
ルークの姿が見えた。
「結婚しようか」
「え・・・」
その言葉は、考えてもみなかった言葉だった。
いや、考えてみれば、子どもを作ろうとしてるんだから当たり前なのだが、追い詰められた状況の中の決断で、そこまで考えが追いついていなかった。
「なんだよ、え、って・・・」
ルークは私の目の前に来ると、私を抱いた。
私は彼の膝の上に乗り、彼を見つめる。
「今、頭がついていかなかったの」
「じゃもう一回言う」
静かな水面のような、穏やかな光をたたえた二重の虹彩が、私の姿を映す。
「結婚しよう」
ルーク・・・
「はい」
そう答えて、私たちは抱き合った。
もう何も要らない。
私は今、この広い宇宙で、1番の幸せに包まれている。
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