episode24 : ゼノンの愛人ーー十日の猶予
【外来宇宙船停泊エリア 宇宙船メビウス号】
その夜も、ルークとメビウスのベッドで体を重ねると、瞼の裏に白銀の世界が広がった。
お互いの消耗した力を充電するように、チカチカと銀色のネットワークが強く光を放ちながら広がった。
宇宙の彼方まで。
私たちはこうやって、宇宙を整えるのだ。
この宇宙に、調和を取り戻す。
そのために生まれ、今ここで巡り逢った。
「グオはおとなしくゲストルームに入ってるわね」
私はルークの腕枕で少し笑ってそう言った。
「悟りを開いたんだろ、アイツも」
彼は後ろから私の体を撫でる。
もう最初から、私はルークのベッドルームで寝ることにしていた。
グオも同じ事を考えていたのか、黙ってゲストルームにこもっている。
「君と“合体”すると星脈が見える」
ルークはそう言いながら後ろから私の耳たぶにキスする。
私と同時に彼もあの光景を見ている。
私は彼の方に向き直った。
「浮気できないでしょ」
「そりゃこんな絶世の美女にハマったら抜けられない」
「うふふ・・・」
抱き合ってキスしていると、ゲストルームのドアが開く音が聞こえた。
「ちょっと!何もしてない?」
グオの声。
「あいつ・・・何かしてたらどうする気だよ」
ルークはそうボヤき、顔を上げて答えた。
「なんだよ」
「SNS!見ろよ!めんどくさい事になってるぞ!」
「めんどくさいこと?」
私たちはベッドから体を起こした。
ルークがベッドサイドのホロセルを手に取り、主要SNSを開く。
「いったい何が・・・あ!」
ルークのスクロールする指が止まる。
「君だ」
そこには、今日の私の様子が映し出されていた。
新型バイオドローンの蜘蛛の糸を弾いて歩き、その蜘蛛を踏み潰す。
“軍は司令官ゼノンの愛人をかくまっている”
「は?!」
私はその投稿に釘づけになった。
「いくつもリラの動画が投稿されてる」
グオはベッドルームの入り口に寄りかかり、自分のホロセルをスクロールする。
私もベッドサイドに置いていた自分のホロセルを取ってSNSを開いた。
“送り込まれた愛人”
“新型バイオドローンを意のままに操る”
“ゼノンの愛人はシータの王族を取り込み、ゼータに宇宙を征服させる気だ”
“軍は愛人を出せ!”
“追放しろ!”
様々な書き込みが言葉の暴力となって私の目に入って来る。
「これもゼータの仕業だ」
ルークはそう言いながら、私のホロセルの画面を手で覆い、そのまま下に下ろさせた。
『ご主人様!リラ様、グオ様!』
L2D2がシャーッとやって来た。
『地上波のニュース番組でリラ様の事が配信されております!』
「ニュース番組で?!」
L2D2はそう言い、目からホログラムでその配信を投影した。
『“ゼノンの愛人”とされているのは、オメガ軍第一戦闘部所属のリラ・ミタライ中尉、28歳です』
アナウンサーが私の名前を読み上げる。
「こんな勝手な報道で、実名を出すなんておかしいわ!」
「操られてるんだ・・・」
『ミタライ中尉は、任務と称して惑星Zeroniaに侵入後“ノヴァ”と名乗り、ゼータの司令官ゼノンの愛人の座に着きました。その後ゼノンの指示でオメガに帰還。我々オメガの情報をゼータ側に流し、侵略の手引きをしている模様です』
「ウソ!」
「こんな番組いくらでもAIで作れる・・・」
ルークはそう言いながらベッドを降りる。
「うわっ!おまえ裸で出てくんなよ!」
「おまえがそこにいるのが悪いんだろ!」
「L2D2!早くコイツにパンツはかせて!」
『ただちに!』
「L2D2、私のパンツも持って来て!」
騒いでいると、私のホロセルにカイから着信があった。
「はい!」
『ニュースを見たか?』
「今見たところよ!」
カイはいつも通り淡々とした口調で話し始めた。
『配信局に事実無根だと抗議を申し入れたところだ。明日は朝一でこの対応を決める。対策室に集合だ』
「了解!」
『リラ』
「はい」
『軍はあんなバカな報道は間に受けない。これはゼータの情報操作だ。君の事は全員が守る』
カイ・・・
落ち着いた声でそう言われると、昂っていた気持ちも少し落ち着いた。
「・・・わかったわ。ありがとう」
『リラ様、パンツでございます、これをはいて落ち着きましょう』
『風呂でも入ってたのか?悪かったな』
「いっ、いいのよ、じゃ、また明日!」
『ああ、しっかり休んでくれ』
「おやすみなさい」
私はカイとの通信を切って息をついた。
『部屋着も置いておきます。お風邪を引かれては大変ですよ』
「L2D2・・・ありがとう」
私は・・・
たとえ任務だったとしても、一時期だけでも、ゼノンの愛人であった事は事実なのだ。
ゼノンを愛しているのだと、自分で自分を洗脳した。
その事実は消せない。
どんなに今、ルークの事が好きでも・・・
私は、コックピットにグオといる彼の後ろ姿を見つめた。
でも今は、個人的な感情に揺れている場合では無い。
私は大きく深呼吸し、部屋着に袖を通し、彼らのそばへ行った。
「ったく、どいつもこいつもリラの件以外に投稿が無い。ガセネタ流すためだけに作ったアカウントなのはバレバレじゃん」
グオはそう言いながら自分のホロセルを親指でスクロールする。
「投稿元の位置情報は・・・」
ルークは投稿とオメガのMAPを重ねてホログラムで投影した。
するとMAP上のオメガ軍の位置に集中してピンが落ちる。
その部分を拡大する。
「動画を撮った医療部のその場で投稿してるな・・・」
「今日の医療部の出来事だけで複数のアカウントが同じ事投稿するなんて、情報操作です、って言ってるようなもんだろ」
「このピンの位置と軍が把握している個人情報を照らし合わせれば、誰が投稿したのかは割り出せるが・・・」
「神経リンクを張られているんだろうから、投稿した記憶は無いわよね、おそらく」
私はそう言って2人の後ろのシートに座った。
「それに、この投稿や配信の不自然さは誰でもわかるとしても、これによって世論がどう動くかが問題だわ・・・」
ゼノンはついに、私に的を絞って攻撃を始めた。
もう私は、逃げも隠れもできない。
【AZF対策室】
軍は翌日から、各SNSサイトに私の投稿の削除要請を出すと共に、一連の投稿や配信はデマであると声明文を出した。
だが、私が惑星Zeroniaに潜入し、ゼノンの愛人であった事は事実であり、その根拠を拾って投稿する一般のアカウントがいくつか現れた。
そこに書かれてある事は事実であり、削除要請を出す事は世論を逆撫でする事にもなる。
難しい局面に立たされた。
『ゼノンの愛人は出て行け!!』
『出て行けー!!』
AZF対策室では、私とカイとグオが集まり、軍の正面ゲート前に集まるデモ隊の監視カメラ映像を流した。
一人一人の顔を拡大し、目の様子に注目する。
「・・・この先頭で音頭を取っている男は瞳孔が開いてるが・・・後は普通だな」
カイはホロ映像を拡大しながらそうつぶやいた。
確かに、先頭にいる男は神経リンクを張られているようだが、他の人々はそうではない。
ゼータの情報操作に世論が流され始めた。
ゼノンの狙いは、これだ。
「ゼノンは“ノヴァ”を炙り出して奪還し、それにシータの末裔がついて来る事を狙っている」
カイの核心をついた言葉に、私とグオは一瞬黙って彼の顔を見つめる。
「“ノヴァ”は、ゼータにとっても、シータにとっても“Key”なんだ」
私が、ゼータとシータの、キー・・・
「てかさ」
グオは腕を組んで黙って聞いていたが、ここで口を開いた。
「そもそも、リラはいいのかよ」
「えぇ?なにがよ」
「本心はどうなんだよ」
私の本心?
何を言い出すのよ・・・
「ゼノンの愛人になったのはスパイ任務だったって事はわかってるけどさ、ホントのところルークはどうなんだよ」
ルーク?
私は目をパチパチさせた。
「ゼノンの執拗な追跡に対抗するには、シータの王の息子だってわかったルークを利用しようとしてるわけ?」
「えぇ・・・」
ルークを利用するなんて・・・
それじゃSNSのデマと一緒じゃない。
「グオ」
カイがグオにやめろと言うようにグオを見る。
「いや別に、リラを責めてるわけじゃないよ? でもリラはスパイ任務とは言え、捨て身でゼノンの愛人になった程の女性だろ? 同じように今度は、ルークを利用しようとしてるのかな、って、やっぱハタから見てて思うじゃん」
「責めてるじゃない」
「いやそうじゃないって!どういうつもりなのか聞きたいだけ!一友人として。それによっちゃできるアドバイスもあるじゃん」
アドバイスぅ?
「なによ、アドバイスって」
グオは少し間をおき、チラッとカイを見て続けた。
「利用するならルークじゃなくてカイにしろよ」
カイは飲んでいたコーヒーでむせた。
「ゴホッゲホッ、おま・・・っ、ゴホッ」
何を言い出すのかと思ったら・・・
私は呆れて口をポカンと開け、むせるカイを横目で見た。
「いや実際のところよ?ルークは何考えてるかわからないじゃん。もしかしたらその力で悪巧みしてるかもしれない。だってリラは使えるからさ」
「ルークが私を利用してるって言うの?」
「あいつならあり得るって」
ああ・・・
グオの言ってる事が、一般的な世論なんだ。
だからゼノンはそれを利用して私を炙り出そうとしてる。
ゼノンはバカじゃない。
それは私が一番よくわかっている。
「カイと付き合えばさ、軍を味方に付けられる。カイは出世するよ、絶対。10人中10人がカイの方がいいって言うに決まってるよ」
「いやおまえ・・・」
カイは呆れたようにやっと声を出す。
そして息をついて私を見た。
「リラ・・・」
な、なに・・・
若干、緊張が走る。
「俺はともかく、本当は、どうなんだ」
「え?」
カイまでそんな事を・・・
「本当に、ルークが好きなのか?」
まさかここに来て、こんな事で2人に詰め寄られるとは。
「・・・好きよ。利用しようだなんて、これっぽっちも思ってない。・・・ルークも、同じ気持ちだと思ってる」
お互いを必要として、惹かれあって、愛し合ってる。
そう思ってる。
「俺も正直、一友人として言わせてもらうと、ルークはゆくゆくは君に大きな負担を背負わせる事になる。28年ぶりに復活しようとしている、力を持った一族の王だ。そんな王に見初められる事は、苦難でもある」
苦難・・・
「君は、ゼノンの愛人という苦難を自ら買って出た。もう、苦しい道をわざわざ選ばなくてもいい」
「カイ・・・」
カイの言葉はいつも、真摯に私を思ってくれる言葉だった。
カイの気持ちは、伝わった。
「オレは外すわ」
グオは空気を読んだように立ち上がり、出て行こうと振り返って声を上げた。
「おわっ!L2D2!いつからそこにいたんだよ!」
見ると、L2D2がリアムを連れてそこにいた。
『中庭が暑いので、リアムにお水を飲ませようと入って来ましたが・・・』
その目がキラーンと光っているように見える。
「そ・・・っ、そうね、リアムお水飲もう、おいで」
私はそそくさと立ち上がり、リアム用の水のペットボトルを手に取る。
「うわっ、ヤバイ!王のしもべにオレの魂胆を聞かれた!粛清される!」
グオは両手で耳を覆ってそう言った。
『グオ様・・・粛清などととんでもない・・・』
「いやコワイってー!その言い方!」
騒いでいると突然、私たちが腕に付けているリンクコムが同時に通信の着信音を鳴らした。
「なに?」
私たちは同時に腕に視線を落とす。
軍の通信環境は不安定な状態が続いており、一斉着信は珍しい。
私たちの視線の中、リンクコムはホログラムを投影した。
暗い影がゆらめき、それは次第に人の形になる。
なんなの・・・?
言いようの無い胸騒ぎが、ゼノンの姿となって目の前に現れた。
「ゼノン・・・!」
ゼノンは私の姿を確認すると、良い知れぬ笑みを見せた。
『久しぶりだな、ノヴァ』
その声に、私の心臓は鷲掴みにされた。
『その姿も美しいが・・・』
言いながらゼノンはまじまじと私を眺める。
『人の姿形は、器に過ぎない。そなたの魂まで、変わってしまったわけではあるまい』
ゼノン・・・
何をしようとしてるの・・・?
『この通信は、地上波にも同時に流れております!ゼータの通信ジャックです!』
L2D2の言葉に、ゼノンは更にニッと口の端を上げた。
『さすがは、シータの若き王のしもべ』
ホログラムのゼノンに、リアムが低い唸り声を上げる。
『ノヴァ、強情はそろそろやめにして、私の元に戻って来ないか・・・』
ゼノンは、何か考えがある時の、妙に穏やかで優しい口調で私に語りかけた。
『私とてバカではない。力のあるオメガを敵に回したい訳では・・・決して、無い』
ゆっくりとした語りが不気味さを一層際立てる。
『ただオメガは、私の愛するノヴァと、シータの若き王をかくまっている。その状況ではこの私も黙ってはいられない』
固唾を飲み、ゼノンの言わんとする事を、オメガ全体が見守っている。
おそらく今、そんな状況になっている。
「何が言いたい?」
カイがいつもの冷静な口調でゼノンにそう言った。
『まずは、ノヴァを私の元に返してもらおう。その上で、シータの王には、中立の立場を取ってもらわねば。今の状況では、オメガが復活するシータを取り込もうとしているようにしか見えない』
その時、対策室のドアが開いた。
「ゼノン・・・!」
ルークだった。
「ルーク!」
彼は私の隣に立った。
『これはこれは・・・伝説の若き王がお出ましだ・・・はっはっ』
ゼノンは不気味な笑い声を上げる。
『本当に、アルセリオンによく似ている・・・だが王よ、そなたの父は、そなたにそのような医者の格好をさせたかったわけではないぞ』
ゼノンはその顔から笑みを消した。
『猶予を10日としよう』
10日・・・
『10日の間は一切の手出しはしない。その間に、私にノヴァを返し、シータの王をオメガから解放してもらおう。そうすれば、もう2度と、我々ゼータがオメガに干渉する事はない』
そして再びゼノンは、静かに、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
『オメガ軍最高総司令官、参謀総長、聞いているな? 大統領にもよろしく伝えてくれ。紳士的な対応に、期待していると。それでは失礼する』
そこまででリンクコムが投影したホログラムはフッと消えた。
次の瞬間、基地内の全ての電力、通信網が戻る。
芯から体が震えた。
私は、間違いなく、ゼノンに差し出される。
このオメガを守るためには、それ以外、ない。
「リラ!」
ルークが私を抱きしめた。
「大丈夫だ、君をゼノンに渡したりしない」
「でも・・・それ以外・・・」
自分が思うより、私の声は震えていた。
「リラ・・・」
ルークは両手で私の頬を挟んで自分の方を向かせる。
「軍が渡しても、オレが渡さなければいい」
目の前で揺らめく、色濃い二重虹彩。
その瞳に私の震える心は吸い込まれる。
怖くないと言えば嘘になる。
でも今は、この瞳を、信じるしかない。
*作者コメント
本日もお読みいただきありがとうございます(o^^o)
リラはカイとグオに、本当にルークでいいのか?と迫られます。
皆さんは誰が好きですか?
作者は、結婚するならカイだよなと思いつつ、やっぱりルークが好きなタイプです(笑)




