episode23 : 変異する侵入者
※このepisodeには残酷描写が含まれます。
苦手な方はご注意ください。
【オメガ軍 AZF対策室】
「アッチィなーもう・・・」
忌々しげにそうつぶやいたグオは、炭酸飲料の缶を一気にあおる。
「仕方ない、停電だ。そっちの掃き出し窓も開けろ」
「これ以上窓開けたってたいして変わんないってぇ・・・」
言いながらもグオは涼を求めて中庭へ出る掃き出し窓も全開にする。
「あっ、風が・・・風よ来い!強風よ来い!嵐を呼べ!」
両手を上げるグオ。
「雨乞いだな、もう」
俺は半ば諦めのため息をついた。
庭へ出る窓が開いたので、足元に伏せていたリアムが嬉しそうに外へ出て行った。
「おぅリアム!外で一緒に雨乞いしようぜ!」
「ワンッ!」
まるで会話している2人にわずかな笑いが出た。
警戒心が強く、決まった人間以外にはなつかないリアムだが、このところ俺と行動を共にするグオの事は“仲間”と認めたようだ。
医療部は自家発電+ルークの宇宙船からの電力供給でなんとか回っている。
この状況で下手に動く事は無駄な体力の消耗と混乱を招く。
俺とグオはリアムを連れて来て、いったん対策室で待機となっている。
気分転換に俺も中庭に出てみるか・・・
そう思って立ち上がった時だった。
テーブルの上に置いたホロセルがフッと明かりを灯した。
「ん?」
俺はとっさにホロセルを手に取った。
「通信が戻った!グオ!通信が戻ったぞ!」
「えぇっ、マジで?!」
グオはズボンのポケットに手を突っ込み、自分のホロセルを出して確認した。
「ホントだ!」
たまっていたメッセージの通知が次々と画面に表示される。
俺は腕のリンクコムも確認した。
が、相変わらず軍用通信は沈黙したままだ。
まぁいい、ホロセルが復活したのは大きい。
早速、ロベール少佐から着信だ。
「はい、キリュウです」
『ロベールだ。明日にも戒厳令が発令される見通しだ』
やはりこの状況ではそうなるか・・・
『私はブラウン大佐と大統領府へ向かう。第1〜第3戦闘部はゼータの襲来に備えて各所に配備する。AZFはいったん医療部補助だ。電力は医療部に集中させるから、おまえたちは医療部へ向かってくれ。ミタライも医療部へ向かわせている』
リラは回復したんだな。
「了解!」
通信を終了させると、俺とグオは念のため防弾チョッキを着てケストレルを携帯した。
この状況では、いつゼータが攻め込んで来てもおかしくない。
「よし、行こう!」
リアムを連れ、対策室を後にする。
停電した廊下は不気味なほど静かで暗い。
「リアム、Go!」
一歩先をリアムに行かせる。
俺の後をグオがケストレルを構え、辺りを見回しながらついて来る。
空調が切れ、ムッとした空気が立ち込める廊下には通気口のダクトから入り込む空気のわずかな音だけがする。
進む廊下の突き当たりはその先にある窓からの明かりが見えた。
それを目指して進む。
明るい廊下に出る直前、リアムが何かに反応し、吠えた。
「ワンッ!」
「リアム、どうした?」
グオがリアムの向く方向へケストレルを向ける。
「Go!」
リードを離すとリアムは走り始めた。
全面の窓のある明るい通路に出ると、更に右側の通路へ入った。
俺とグオはリアムを追いかけ、右の通路に入った。
その時、その突き当たりを更に左に曲がって姿を消した人物がいた。
「・・・クドウ!」
リアムはクドウを追いかけて左に曲がって行った。
俺はグオと顔を見合わせ、走ってクドウとリアムを追いかける。
「ワンッ、ワンッ、ワンッ」
リアムは左に曲がって数メートルの行き止まりになった場所で上を見上げて吠えていた。
天井から通気ダクトのグレーチング蓋が、外されたままブランブランとぶら下がっている。
「上に上がったのか?」
グオがダクトの下からケストレルを上に向けて見上げる。
天井までは高さがある。
いくら背が高く体力がある男でも脚立などがなければ飛び上がれる高さではない。
「どうやって上がったんだ?踏み台になるような物も無いよな・・・」
グオが辺りを見回す。
もしかすると・・・
「ゼータのリンクで身体能力もゼータ並みになっているのかもしれない」
「マジかー」
俺はリアムの横に片膝をついてしゃがみ、天井を見上げているリアムを撫でた。
クドウの気配を感じたんだ。
その時再びリアムは上に向かって吠え始めた。
「ワンッワンッ、ウゥゥ・・・」
「ん? ・・・おわっ!蚊だ蚊!!」
グオは手で顔の周りを払いながらその場から逃げる。
ブーンと小さな羽音が何重にもなって聞こえる。
「カイ!リュックから虫除けスプレー出して!」
「ワンッワンッワンッ」
グオのリュックから虫除けスプレーを出そうとしていると、目の前で蚊がカチャンカチャンと機械音を立て始め、組み立てるようにその脚を大きくする。
「うわっ、なんだコイツら!」
ダクトから降りて来た蚊はみるみるうちに変身し、手の平大程の大きさの“蜘蛛”になって床に落ちた。
「うわうわうわうわ!なんか虫除けスプレー無理そう!逃げろ!」
「ワンッワンッ」
「あっこらリアム、咥えるな!ドロップ!行くぞ!」
蚊から変身した蜘蛛は、フワッと網状の白い糸を広げた。
「うわ絶対ヤバイ!絶対ヤバイ!アレ日本製だろ!」
「違うわ!!」
蜘蛛は逃げる俺たちをカシャカシャと音を立てながら追って来る。
追いつかれる!
「グオ!撃て撃て撃て!」
グオと共にケストレルで足元に迫った蜘蛛を撃つ。
「ワンワンワンッ!ワンッ!」
騒ぎを聞きつけた保安部が駆けつけて来た。
「何事だ?!」
「知らんけど蚊が蜘蛛に変身して・・・っ、おわっ!糸吐いたっ!」
「うわっ、なんだこれ?!大群だぞ!」
駆けつけた保安部と共に蜘蛛を撃ったり踏んだりしていると、1人の保安部員が蜘蛛の糸を顔に浴びた。
「うわぁっ!!」
糸はみるみるうちに保安部員の全身に張り巡らされる。
その糸は脈打つように動き、保安部員の体に“寄生”したように見えた。
「おい・・・っ」
グオが保安部員に声をかけるも、動かない。
「あーーー」
人間の声ではない声を、喉の奥から発した。
次の瞬間、目が、左右にズレた。
「ひぃっ!」
グオは声を上げて後退する。
焦点の合わない目。
瞳孔だけが黒く拡大し、中心が赤黒く光る。
「ゼータの目だ・・・」
糸は保安部員の体からシュルシュルと解けていく。
姿を現したのはもう、オメガ軍の人間ではなく、茶褐色の荒い肌と赤黒い瞳孔を持つ“ゼータの男”だった。
男はこちらに突進して来た。
「撃つぞ!」
止まらない男の肩を撃ったが、男はかるくよろけただけで歩みを止めない。
「ダメだ!」
こいつはもう、オメガじゃない!
そう思った瞬間、俺の背後から別の保安部員が男の体の中心を撃ち抜いた。
男は声も出さず、その場に崩れ落ちた。
「うわっ!まだいるっ!」
我に返ったグオが足元の蜘蛛を撃つ。
保安部員と共に残る蜘蛛をケストレルで駆除するとその場に立ち尽くした。
目の前には、“ゼータの男”が倒れていた。
そしてこれは戦闘じゃない。
これは、侵食だ。
*
【惑星Zeronia
アルファ司令部 戦略室】
「新型ドローンを投入しただと?!」
私はカーディスの報告に声を上げた。
「はっ、今が潮時かと・・・」
「まだ早いと言ったはずだ!」
アレはまだ試作段階だ!
下手に使ってはオメガに手の内を明かすようなもの・・・!
「しかしゼノン様!このままではまたオメガに対策を取られてしまいます!潰すなら今です!」
「それでどうなった?潰せたのか」
カーディスは一瞬沈黙する。
「第一陣は・・・やられました」
「バカもの!!」
私はカーディスの胸ぐらを掴んだが、そこでなんとか怒りを鎮め、ヤツを放した。
「もうおまえは良い」
「ゼノン様!しかし!」
「もう良い!下がれ!余計な事をするな!!」
カーディスはひざまずき、頭を下げると戦略室を出て行った。
まったく・・・
いつからあのような醜態を晒すようになったのか・・・
エリュシアが、余計な入れ知恵をしているのかもしれぬな。
油断できない。
「ネリオス!」
私はカーディスに次ぐ2番手の部下を呼んだ。
「はっ」
ネリオスはカーディスのような派手さは無い。
小柄でゼータ族らしい威圧感も無い。
だが寡黙で思慮深く、頭脳戦には向いている。
「おまえの案を採用する。すぐに実行しろ」
「かしこまりました」
ネリオスは頭を下げ、静かに出て行った。
私は窓際に立ち、空を見上げた。
「さぁノヴァ・・・“かくれんぼ”はおしまいだ・・・」
アルセリオンの息子に染まった気でいるのだろうが、そうはいかない。
「炙り出してやる・・・」
シータの力と共に。
*
【オメガ(Ω)軍 医療部】
翌日私は、昼休みに医療部を訪れた。
「リラ!」
「メイヴ!」
私はすっかり元通り元気になったメイヴと抱き合った。
「リラ・・・私、ホントにあんたに申し訳ない事しちゃって・・・」
「メイヴ、それはもう言わないで!」
彼女は神経リンクを張られた被害者の1人だ。
責められるわけがない。
「あなたで良かったわ。私のネックレスをキレイに整理してくれてたじゃない」
「覚えてないけど、私がしそうな事よね」
私たちは顔を見合わせてクスッと笑った。
「あ、ねぇ、例の保安部員の解剖結果は出たの?」
昨日、行方不明のクドウ一等兵と共に現れた新型のバイオドローンの犠牲となった保安部員は、今日解剖されたはずだ。
「蜘蛛の糸で直接神経リンクを張って、精神だけじゃなく肉体もゼータ化する兵器みたいね。そうやって兵を送り込む作戦なんだわ」
ゼータの攻撃により、今日、大統領はオメガ全域に戒厳令を発令した。
これにより対ゼータは軍が指揮を取り、もはや“Anti-Z Force”は私たちチームだけではなくなる。
基地内は第3戦闘部の軍用犬部隊を中心に、新型バイオドローンが潜んでいないかの見回り、またクドウ一等兵の捜索を行っており、カイやグオもそちらに参加している。
私は機関システム部でシステムの復旧に追われている。
「あっちでランチにしましょ。システムはどう?」
私たちは移動を始めた。
「うん、メビウスからの動力を増幅させたから、メインシステムはなんとか復旧したわ」
「さすが、やるわね王妃!」
メイヴは思わせぶりにそう言った。
「王妃ってなによ・・・」
私は周りを気にしながら小声でそう言った。
するとメイヴも声をひそめ、私に顔を近づける。
「だってそういうことじゃない。あんたは“お世継ぎ”を産むためにルークに選ばれたのよ」
「およ・・・っ」
目を丸くすると同時に、医療室からルークとニコライが出て来た。
「お疲れ様、着替えるから先に行ってて」
「うん、わかった」
私はルークにそう答えた。
するとメイヴはまた小声でささやく。
「軍公認の同棲生活だしね」
同棲って・・・
「夜、彼の宇宙船にいるのは、電力を供給するための任務よ。グオもいるし」
私は結局、ルークが準備してくれたアリゲーター・デバイス設置の部屋は使わず、夜はそのままルークの宇宙船メビウスに待機という命令が出た。
「お世継ぎ任務も遂行してるんじゃないのぉ?」
メイヴはニヤニヤしながらそう言った。
「バカもう!」
私は思わず周りに誰もいないか確認した。
その時。
「ん?」
小さな虫が飛んできた。
「蚊・・・?」
「ええっ、蚊?!」
私とメイヴは慌てて立ち上がる。
「みんな!蚊がいる!注意して!」
一気に辺りがざわめき始める。
「おい虫除けスプレー!」
「蚊はどこだ!」
「うわあぁぁぁっ!蜘蛛になったぁ!!」
叫びにも似た声が医療部に響く。
見ると、空中で小さな蚊がカシャンカシャンと音を立てて組み立てられるように脚を広げ、蜘蛛の姿になるところだった。
これが、新型バイオドローン・・・!
「保安部、保安部!ただちに医療部へ!新型バイオドローンが現れた!」
「ケストレルを装備しろ!」
途端に医療部は戦闘モードに入った。
「こっちにもいる!」
「絶対患者の方へ行かせるな!」
「気をつけろ!!」
怒号が飛び交う。
私は蜘蛛に注意しながら周りを見回す。
「蜘蛛がいると言う事はクドウがそばにいるかもしれないという事よ!」
どこ?
どこにいるの?!
「いた・・・!」
私の目がサーチするように廊下の向こうにいたクドウを見つけた。
クドウは私に気づくとサッとこちらに背を向けた。
「クドウ!待ちなさい!!」
咄嗟に走り出す。
「リラ!」
後ろからメイヴの声が聞こえたが、私は構わずクドウを追いかけた。
角を曲がったところで蜘蛛に襲われる。
「キャアッ!」
ケストレルを向けたところで私は思い止まった。
待って・・・!
“リラ様、貴方様は、もう今までの貴方様では無いのです”
昨日のL2D2の言葉が頭に浮かぶ。
“強い信念を持つのです”
私は向かって来る蜘蛛を凝視した。
“リラ様は、選ばれし我が王のパートナーなのです”
蜘蛛がパッと大きく糸を広げた。
私の体は、蜘蛛の糸を弾き返した。
「リラ!!」
クドウの向こう側からカイとグオが姿を見せた。
「ワンッワンッワンッ!!」
猛スピードでリアムがクドウに飛びかかる。
倒れるクドウの方に進みながら私が1匹の蜘蛛を踏み潰すと、同時に他の蜘蛛はシュウッと音を立てて煙となって消えた。
クドウの目は瞳孔が開き切ったゼータの目だったが、私の見つめる中、“人間の目”に戻った。
「クゥン・・・」
リアムが、ゆっくり床に倒れたクドウに鼻をくっつける。
「クドウ!!」
カイとグオが駆けつけて来た。
クドウはリアムを、“人間の目”で見つめた。
「・・・リアム」
「ワンッ」
リアムは小さく鳴くと、倒れたクドウの顔を舐めた。
クドウの目から、床に涙が落ちた。
戻って来た・・・
彼は、オメガに、戻って来た!
「クドウ!」
ルークがそばに来た。
「医療部!担架を!」
振り返ってそう声を上げる。
「ねぇ、蜘蛛が・・・」
辺りにはさっきまでいた蜘蛛の姿は無かった。
「シータの位相リンクを流したから消えたんだ」
「私が?」
ルークは頷いた。
“あなたしかできないのです”
L2D2の言葉が頭に響いた。
「クドウも呼び戻した」
私は担架に担ぎ上げられるクドウを見た。
いつもの、おだやかな彼の表情だったが、疲れ切っているように見えた。
「クドウ・・・おかえりなさい」
私がつぶやくと、彼はこちらを見た。
「リアムが、待ってたのよ」
すると彼は再び涙を流した。
「はい・・・ありがとう・・・ございます・・・」
そう答えると、ゆっくり瞼を閉じた。
クドウはそのまま昏睡状態になった。
ゼータ化された体がオメガに戻り、極度の負担となって彼の体を襲ったのだ。
医療部に出現した蜘蛛は、ルークが姿を現すと、煙となって消えた。
私の周りにいた蜘蛛もまた、同じように消えた。
私は確実に、ルークの力を共有している。
episode23をお読みいただきありがとうございます(o^^o)
毎日21時UP↑
全35話です。




