episode22 : 王の力が彼女を選んだ日
【オメガ(Ω)軍
外来宇宙船停泊エリア メビウス号】
ルークのベッドの中は心地良い。
このままずっと、このスベスベしたシーツの波の中に眠っていたい。
体にはまだ彼の感触が残っている。
〈リラ、起きろ〉
頭の中にルークの声が聞こえた。
「ルーク・・・」
私はそう呟いて目を開けた。
『お目覚めでございますか?』
私の視界に現れたのは、L2D2だった。
あれ・・・?
「ルークは?」
キョロキョロするが、ベッドから見える場所に彼の姿はない。
『ご主人様とグオ様は既に出勤されました』
「え・・・?」
ベッドサイドのデジタル時計に目をやる。
「9時!」
やだ!
やだやだやだ!
「L2D2、なんで起こしてくれなかったのよ、完全に寝坊じゃない!」
この年になって寝坊して遅刻とかあり得ないんだけど!
『お体を考慮して、ご主人様から寝かせておくよう言われておりました。軍の方には少し休んで出勤すると連絡済みでございますので、ご安心のうえご支度くださいませ』
お体・・・
そうだ!
私はハッとして、ワンピースをペロッとめくって見た。
「・・・消えてる・・・」
左内腿の、“Z”のタトゥー。
その部分を手のひらで撫でてみるが、特に何もない。
夜中にまたあのタトゥーが現れて、私はルークのベッドへ来たのだ。
『リラ様、ご主人様の力を共有したのです』
私はベッドの横にいるL2D2を見た。
「力を、共有・・・?」
『さようでございます。リラ様は、ご主人様がシータの王として覚醒するために、必要不可欠なパートナーでいらっしゃいます』
そうだ・・・
セックスの途中、まるで夢を見ているようだった。
閉じた瞼の裏側から白銀の世界が広がり、私はルークの力を見た。
そしてその力はまだ不完全であり、覚醒する途中であることも理解した。
私たちはお互いを補い合う存在なのだ。
『今後、リラ様はご自身のお力で、ゼノンの執拗なリンクを弾く事ができるはずです。そのように、強い信念をお持ちください』
私が・・・?
何か信じられないような思いで、執事のようなL2D2を眺める。
『お体に問題が無いようでしたら、お食事をご準備致します』
L2D2はそう言いながらシャーッとベッドルームを出て行く。
お腹は、空いてる・・・
私はベッドから降りて体を動かしてみた。
「なんか、軽い・・・」
体が内側から浄化されたみたい。
私は自分が使っていたゲストルームに置きっぱなしにしていたホロセルを手に取った。
とりあえず起きたから準備して出勤するとルークとカイに連絡しなくては。
「あれ・・・?」
メッセージが送れない・・・
『お気づきですか?』
L2D2がなんだか不気味な感じで背後からそう言って来た。
「通信ができないわ」
私は振り返ってそう言った。
『さようでございます。現在、オメガ軍及びオメガ第1自治区全域で大規模な停電が起きております』
「え?!」
『通信網も遮断され、軍本部では生命維持に必要不可欠な医療用電力などを自家発電でまかなっている状況でございます』
「何が起きてるの?」
『ゼータが本格的に攻撃を仕掛けてきております。わたくしめが思いますに、リラ様を完全にご主人様に乗っ取られ、ゼノンが激オコなんではないかと・・・』
完全に乗っ取られ、ゼノンが・・・激オコ、ね・・・
なぜかそこだけコミカルな言い回しのL2D2は、通常運転で私に朝食を案内する。
『ささ、忙しくなりますよ、サラダとパンとスープをご用意しております』
私はとりあえずキッチンでそれらを口に入れる。
「ねぇ、この船は停電してないわよね」
空調も効いているし、L2D2だって普通に稼働している。
『このメビウス号は、独自の有機電力、神経菌糸ネットワークを搭載しております。宇宙から放射線を取り込み、エネルギーに変換しているのです。停泊する星の電力には依存しておりません』
ああ、そういう事か。
整備する時見た、あの蛍の光のようなシステムの発光。
あれがその有機電力なのだ。
『ご主人様が無意識のうちに搭載した星脈に由来するシステムですが、その力の覚醒と共にリラ様と力を共有したように、このメビウス号とも力を共有しております。そしてこのわたくしめとも』
「あなたとも?」
L2D2は無言で頷くように、目の部分の光を下に向け、戻した。
『それが、星脈なのです』
なんだかカッコイイL2D2の決めゼリフに、私はごっくんとパンをスープで流し込んだ。
〈リラ〉
「ん?」
顔を上げる。
『ご主人様です』
「え?」
L2D2は目からホログラムでルークを投影した。
そこに現れたのは、緊迫した様子の医療室だった。
医師や看護師が彼の後ろを慌ただしく通り過ぎ、電気が落ち、暗い部屋は最低限の灯りだけが患者の付近を照らしている。
『電力が足りない!Aエリアの人工呼吸器がもたなくなるぞ!』
ニコライの緊迫した声。
『待って!Cエリアから電力を回す!もうそれしかない!』
それに対して答えるメイヴの声。
彼女がもうすっかり普段通りの仕事をしている様子は安心だが、医療室の切迫した状況がただ事では無いことがわかった。
ルークは完全に仕事モードで医療用ユニフォームのスクラブを着ていた。
『よし、繋がったな』
「ええっ、待って、そっちにも見えてるの?」
私は自分の部屋着姿を隠すように抱きしめる。
『こっちはオレのホロセルのモニター上に2Dで表示してるだけだから大丈夫』
ルークはそう言っていつもの甘い笑みを見せるが、その姿が明らかに変わっていた。
「髪の色が・・・」
シルバーになっているのだ。
そしてその顔つきも、なんだか違って見えた。
笑い方はいつもの彼なのだが。
『わかんないけど、起きたらこうなってた』
ああきっと・・・
彼はいよいよ、シータの王に近づいてるんだわ・・・
もう、ただの“モテ男”だった医師のルークは、そこにはいない。
星脈が、彼の中で覚醒を加速している。
その事が目に見えて実感でき、医療部の緊迫した状況も相まって、部屋着で呑気にしている自分がますます恥ずかしい。
『大丈夫?』
「うん!大丈夫!」
私はそう言って自分自身のスイッチを入れ替えた。
『なら良かった。この状態が続けば手術用の電力がそう長く持たない。最低限の電力を、オレの船から供給したい』
「そんな事できるの?」
『君にやって欲しい』
「私が?ど、どうやって?」
『大丈夫だ、言う通りにY2コンソールで操作を。君しかできない』
え・・・
でも・・・
Y2コンソールを操作していたのは何年も前の話だ。
『リラ様、貴方様は、もう今までの貴方様では無いのです』
L2D2が自信なさげな私にそう声をかけた。
『わたくしめが先ほど申しましたように、強い信念を持つのです』
「強い、信念を?」
L2D2はまた目の光で頷く。
『リラ様は、選ばれし我が王のパートナーなのです。あなたしかできないのです。わたくしとコックピットへ参りましょう』
なんだか今日のL2D2は終始カッコイイ。
L2D2もまた、ルークと力を共有し、覚醒しているのだろうか。
それならば私も、それなりの自覚を持って挑まなければならない。
「わかったわ」
私は意を決してL2D2とコックピットへ入った。
Y2コンソールの前に立つと、レーザーのような緑色の光が私の体をスキャンした。
『リラ・ミタライ、ようこそ。私はメビウスです』
メビウスが私を認識したようだ。
『コマンドをどうぞ』
「どうすればいいの?」
私は隣に投影されているホログラムのルークを見上げた。
『初めて2人で見た星座を覚えてる?』
初めて2人で見た星座?
「道場裏で?」
『そう』
「春の大曲線?」
『そうだ』
ルークは優しく微笑んで頷いた。
『パネル上で、北斗七星から続く春の大曲線を指で描いて。一緒にするから』
ホログラムのルークは私の後ろに立ち、後ろから私の右手に自分の右手を重ねた。
フワッと温かい感触が、右手に重なり、私はそのままY2コンソールの液体金属のセンサーパネルに指先を置いた。
するとそこには、あの夜2人で見た星空が淡い銀色の光で浮かび上がった。
指が接触した部分がポワッと蛍の光のように灯る。
「これが神経菌糸なのね?」
『そうだ、生きてる』
私はゆっくり、北斗七星の星の並びを形取ってなぞり始めた。
そこにルークのホログラムの手が重なっている。
「北斗七星から・・・アークトゥルス」
神経菌糸の光は本当に生きているように私の指先についてくる。
「そして・・・スピカ」
指の動きをスピカの位置で止めると、何かにカチッとハマったようなアナログな感触が指に伝わった。
次の瞬間、Y2コンソールの液体金属パネル全体が眩い銀色を放ち、その光の中に、古めかしいタイプライターが打たれるような規則的な音と共に一列の数式が刻み込まれていく。
“Psi_system = (E_StellarPulse ⊗ E_NovaResonance) → E_OmegaGrid”
数式が完成し、最後の一文字が打たれた瞬間、私の指先から何かが逆流してきた。
「あ・・・っ」
思わず声が漏れ、視界が白銀に染まった。
そしてオメガ軍基地の図面がコンソールの上にホログラムで浮き上がる。
『そのまま神経菌糸の光を図面上の医療室にドラッグして』
ホログラムのルークの手が、まるで実体を持っているかのように私の手を動かし、光をドラッグした。
図面上の医療室に、私の指先から伸びた銀色の菌糸が血管のように張り巡らされていく。
すると医療室にポワンと一際大きな光が灯った。
と同時にホログラムで投影されていた医療室の電気がチカチカっと点滅した。
『電力が・・・!』
『電力が戻ったぞ!』
向こうから聞こえてくる声。
「できた・・・」
私は隣のルークの顔を見た。
『上手』
ルークは子どもに言うように優しくそう言った。
『メビウスのY2コンソールは、オレ以外に君だけしか操作できない』
“君が好きだから、オレの特定の人になって”
あの夜のルークの何気ない告白の言葉が今、意味のある重いものとなって私の頭に蘇る。
『リラ様、わたくしの言葉の意味がおわかりになったでしょう。あなた様なのです。我が王に選ばれたのは』
私は、シータの王に選ばれた・・・
『L2D2、あまり大げさに言うな、オレが勝手に彼女に惚れてるだけだから』
いつもの冗談めかしたルークのセリフ。
けれど彼は確実に、今までのルークではなかった。
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