episode19 : 信じていたものの影
【オメガ軍 AZF対策室】
ジアン・パク(34)
オメガ第82自治区出身。
士官学校医学部を卒業後、産婦人科専門医取得。
軍付属病院の婦人科医として週2日勤務する傍、軍で遺伝子の研究をしている。
両親は共に産婦人科医で、実家はクリニックを開業しているらしい。
トレードマークは黒縁メガネ。
黒いストレートの髪はいつも一つに束ねており、奥二重の涼やかな目元がクールな印象を与える才女だ。
「覚えてない?」
テーブルの向かい側に座ったジアン・パクは、神妙な面持ちで頷いた。
「ルーク・ウォンに遺伝子検査を勧めたのは、医学的見解から、彼の瞳の色が特異だと思ったからです」
「その時の事は覚えてる?」
「ええ、覚えてます。その結果、オメガが保有するどの種族の遺伝子情報にも当てはまらなかったのも、覚えてますし、彼にも確認してもらいました」
確かにルークは自分もそれを確認したと言っていた。
「そして、より詳細な検査を勧めました」
「だがヤツは断った」
「そうです。本人が希望しない限り、それ以上調べるわけにはいきませんから、検査はそこで終了したはずなんです」
終了、したはず・・・
「ところが・・・私は、何かを調べた」
「何かを?」
「最初は、それがいったい誰の遺伝子情報なのかわかりませんでしたが、ルークの名前が入っていたので、これは私が調べた結果をより詳細に調べた物だとわかりました」
「自分が調べた事を覚えてなかったと?」
「そうです、いったい誰が勝手にこんな事を?と思いました」
操られている時の事は全く覚えていないという事か・・・
「ですが、私以外にルークの遺伝子情報にはアクセスできないはずです。誰かが勝手に情報を開いて見てるんではないかと不安になりました。大尉が、夜、研究室に来られた時、正直大尉を疑いました」
「私を?」
俺は思ってもみなかった彼女の言葉に驚いた。
「だからあの時、何か見ましたか?と聞きました」
そうか・・・
あれは、自分が行った検査結果を勝手に見られたと思ったんではなく、俺が勝手に調べたんではないかと疑ったんだな。
「“Stellar Phase Control Locus”
それは驚くべき結果で・・・
簡単に、報告できる事ではありませんでした。いったい誰がこんな事を調べたのか、ハッキリわかるまで報告はできないと思いました」
彼女は本当に、自分が調べた事とわかっていなかったんだ。
「そうしたら突然、私はゼータの神経リンク感染を疑われ、隔離された。最初は完全に濡れ衣だと思いました。けれど、監視カメラに映る身に覚えのない自分の行動を目の当たりにして・・・」
彼女はショックを受けた様子を話した。
「この神経リンクが怖いのは、張られた本人にその自覚は全く無く、操られても記憶が無いところです。なので、覚えが無くても、自分の周りでいつもと違う不可解な状況があれば注意すべきなんです」
「なるほど・・・」
自分の周りで、いつもと違う不可解な状況、か・・・
今朝のルークやリラの証言も、覚えていないだけで、操られて自分がやった可能性はないのか?
だから、監視カメラには映っていない・・・
いやでも、リラには神経リンクに対する抗体があるはずで、ルークはシータの星脈がある。
これは疑心暗鬼になりそうだな・・・
「もし他に何か気になる事があれば、また報告してください」
「了解しました」
そこまででジアン・パクのヒアリングは終了した。
彼女が部屋を出て行くと、ルークが隣のモニター室から出て来た。
「特に嘘をついてるとか装っているような印象は無かったが、どう思う?」
モニター室からは、監視カメラとマジックミラー越しにこちらの様子がわかるようになっている。
「そうだな。元々彼女は真面目な性格だ。自分が操られていてショックなのが正直なところだろう」
・・・なるほど。
真面目な性格を操った経験があるからこそ、出てくる言葉だな。
「操られている自覚が無いたところが怖いな・・・」
言いながらルークを見る。
ルークはすぐに俺の考えている事がわかったようだった。
「オレはシータの王だ!」
そう言って親指を自分の胸につく。
「ゼータごときに操られるか」
そう言ったルークは、冗談めかしているように見えた。
だが同時に、もう自分の存在と運命を受け入れてしまった者の顔にも見えた。
「操る方にはならないんだろうな」
「なれるならグオとかとっくに操ってるわ!」
「あ、リラは大丈夫なんだろうな? また神経リンクを張られている可能性は?」
リラの話を振ると、急に真面目なトーンになるルーク。
「とりあえず・・・昨日は夕方から朝まで一緒だった。証拠と言うなら、オレの宇宙船にも監視カメラは設置してるけど・・・」
そして意味ありげに続ける。
「見せられない」
俺はため息をついた。
「いいか、言っておくが、今リラをおまえの宇宙船に置いてるのは、あくまでも任務上の安全を最優先しての事だ。勘違いする事が・・・」
「わーかってるって! 気になるなら宇宙船に監視を置けばいいだろ?」
監視か・・・
どっちにしろ、それは必要だな。
「・・・メイヴがいい?グオがいい?」
ルークはため息をついた。
「グオはイヤだ」
だろうな、グオにしよう。
そう考えた時、ルークは自身の胸ポケットからホロセルを出した。
「彼女のからメッセージだ」
「なんて?」
ルークはホロセルのメッセージを開いた。
「解析が終わったらしい。行ってみよう」
「わかった」
俺とルークはその足でヤツの宇宙船に向かった。
*
【外来宇宙船停泊エリア 宇宙船メビウス号】
「やっぱり、2時23分41秒で映像を切り替えてるわね。ここよ」
私はルークとカイにモニター映像を見せながら説明を始めた。
「上書きされた映像を削除するとこうなる」
モニターの一部分を指でタップした。
すると、廊下の映像の真ん中に、人の形のようなノイズが現れる。
顔や格好はわからず、性別もわからないようなその人型のノイズは、入口側から歩いて来ると、ルークの部屋の前で止まる。
そして指紋認証パネルに手を入れ、ドアのロックを解除して中へ姿を消した。
「これは軍の遮蔽装置だな」
カイの言葉に頷いた。
「遮蔽装置を装着して起動すれば、この程度なら監視カメラから身を隠す事ができるわ」
「更に映像を差し替えて偽装したというわけか・・・」
「でね、気になるのは、私の部屋の方なのよ」
私は、映像を、女子宿舎の自分の部屋の前に切り替える。
「同じように、問題の時間からの映像がこれなんだけど・・・」
その映像にも、遮蔽装置で身を隠した人間が姿を現した。
「ん・・・?」
ルークとカイは身を乗り出してその映像に顔を近づけた。
「斜め前の部屋から出て来た・・・」
私はため息をつき、下唇をかむ。
「ここは誰の部屋?」
ルークの言葉に、私は口を開く。
「・・・メイヴなの」
驚いて顔を合わせる2人。
「待てでも・・・メイヴはアリゲーターの位相ノイズ発生装置を俺たちと一緒につけたはずだ」
カイがすかさずそう言った。
「あのデバイスの効力に関してはオレも確認してるし、一定の効果はあるはずだ」
ルークも同意する。
これを見つけてしまった時、ショックでしばらく何も考えられなかった。
何かの間違いであって欲しかった。
メイヴは同期で、新人の頃から仲が良かった親友だ。
でもそう思っていたのは私だけだったのだろうか。
「本当にメイヴがデバイスを装着しているか、要確認だな。彼女は医療従事者だ。自分で取り外す事もできるだろう」
カイが指であごをつまんでそう言うと、ルークが頷く。
「そうだな・・・疑いたくはないが、ニコライのデバイス装着状況も確認が必要だ」
彼らが話す横で、私はうつむいた。
「メイヴは・・・友達だと思ってたから・・・信じられなくて。もしかすると、メイヴの部屋から出て来た別人かもしれないし」
その可能性だってある。
と言うか、別人だと思いたい。
「リラ、神経リンクを張られた人間に、その自覚は無いんだ」
カイが、肩を落とす私に、ジアン・パクからヒアリングした状況を説明してくれた。
「とにかく、この映像から確実に、昨日の深夜2人の部屋に何者かが侵入した事がわかった。ロベール少佐に報告して、安全な部屋に移るよう手配する」
安全な部屋って・・・
「この映像の人物は指紋認証をパスしてるのよ。私たちの指紋をコピーされている以上、軍の施設内じゃどこにいても施錠は意味が無いわ」
これじゃどこにいても、夜はおちおち寝てられないわ。
指紋認証は1番手っ取り早く確実な認証システムなため、基地内の施錠はほぼ指紋認証だ。
顔認証では精度が低く、虹彩認証はコストがかかるため、一部の重要施設にしか採用されていない。
「宿舎の別の部屋に、タナーに設置したアリゲーター・デバイスを設置しよう」
ルークがそう言い出した。
「宇宙船より狭いし、上手くいくはずだ。ただ今日明日は神経リンク切除術の予定で埋まってる。すぐにはできないから・・・」
言いながら私を見る。
彼と見つめ合って意思を確認するように頷き合うと、カイを見上げた。
「安全なのは、ここしかないんだけど」
カイは短くため息をついて腕を組む。
そりゃ言いたい事はわかるわよ。
私たちの関係がわかった今、一緒に寝泊まりさせるわけにはいかない、って。
「とりあえず、オレと彼女はここで寝泊まりする」
ルークが沈黙を破ってそう言った。
「ゲストルームもあるし、監視にグオをよこせばいい」
グオも来るのか・・・
仕方ないけど。
カイは、仕方ないといったように頷く。
「わかった、そうしよう」
私はもう一度ルークと顔を見合わせた。
良かった。
彼のそばにいるのが一番安心だもの。
「あとは・・・メイヴにヒアリングをしなきゃならないな・・・場合によっては、メイヴは隔離になる」
カイは再び深くため息をつくとそう言った。
気が重いけれど、もし本当にメイヴが神経リンクに操られているのだとしたら、早く対処しなければならない。
その後いったん解散し、その日の任務を終了すると、荷物をまとめて改めてグオと一緒にルークの宇宙船メビウスに戻って来た。
新しい部屋にアリゲーター・デバイスが設置されるまでの居候だ。
「うーわ!こんなコックピット見た事ない!」
グオは珍しそうにルークの宇宙船内をキョロキョロする。
『こちらのコックピットにはY2コンソールを採用しており、ご主人様が任意に設定した方法でしか操縦できないシステムになっております。他のシステムにおきましても独自性の強いものですので、ゼータに操られた人間には扱えません。いわば、この船自体が“アリゲーター・デバイス”のようなものでございます』
「ふーん」
グオはL2D2の説明を適当に聞き流しながら船内を見て回る。
「で、誰がどこに寝るの?」
それが1番の問題だ。
ゲストルームは一部屋だけ。
「そりゃ監視員はコックピット横の簡易ベッドで休んでもらわないと意味が無い」
「えぇっ!」
「おまえこの簡易ベッドが1番いいんだぞ!無重力ベッドなんだから」
「えーなにそれ・・・」
グオはルークに出してもらった簡易ベッドに横になった。
「おわっ!ナニコレ!最高じゃん!」
どうやら気に入ったようで何よりだ。
「君はゲストルームを使って」
「うん、ありがとう」
『リラ様、お荷物は既にゲストルームにお運びしております。また私めがセレクト致しました、極上ルームウェアもご準備させていただいております。今回の任務ではさぞお疲れの事とお察し致しますゆえ、夜は心ゆくまでリラックスしてお過ごしくださいませ』
「うふふ、L2D2いつもありがとう」
私はかがんでL2D2にハグした。
『いーえいーえ! リラ様は、我がご主人様の大切なお人ですので!ご主人様同様にお仕えさせていただく所存でございます』
「なんかオレと待遇違くない?」
L2D2不服そうなグオに向き直った。
『グオ様、本日はグオ様の大好物の、オメガ第81自治区の牛のヒレステーキをご夕食にご準備させていただきます。どうぞ、お楽しみにお待ちくださいませ』
「えっ!マジで?!」
グオはパァッと顔を輝かせた。
そんなグオを見てルークは小声で私に言った。
「アリゲーターもビックリの単細胞過ぎて、ゼータの神経リンクも太刀打ちできない」
「えっ?なんだって?」
「いーやなんでも!夕食までアリゲーター・デバイスの装着状況の再チェックだ」
「あっそうそう、その話だ!」
グオはそう言い、ベッドから起き上がった。
「メイヴのヤツ、デバイスを外してたんだ」
「外してた?」
私とルークは声を合わせてそう聞き返した。
「最初ニコライから説明があったように、装着してみて神経活動にどれほど影響があるかは個人差があって、そこは各々で調整が必要だったんだけど、メイヴは手の痺れが出て、装着後3日でデバイスを外したらしいんだ」
「そうだったの?」
ルークを見ると彼は首を横に振った。
「そんな事は聞いてなかった」
「タナーの事故があったもんだから、バタバタで誰にもその報告をしてないままだったらしい。ニコライも知らなかった」
そういう事か・・・
グオはため息をついて先を続けた。
「監視カメラの映像を確認して、本人はショックを受けてる。昨日の夜は確かに部屋にいたのは自分1人で、あの時間、部屋から出て行ったのは自分以外に考えられないって」
「そう・・・」
私もショックだったが、メイヴの気持ちを考えるとなお辛い。
逆の立場だったらきっと自分を責めるだろう。
「メイヴが心配・・・」
「既に隔離部屋に移ってる。AZFのメンバーの感染は深刻だ。順番を繰り上げて、ルークに神経リンク切除術の要請が行くと思う」
グオの言葉にルークもため息をついて腕を組む。
「神経リンク感染者は増加してる。中にはそうやって、副反応でデバイスを外してるヤツもいるかもしれないし・・・」
彼は今日も神経リンク切除術を5件こなし、疲れている様子だった。
彼以外にそれをできる医師はいないため、やはり感染を未然に防ぐのが一番重要だ。
「無自覚の感染者は、こっちが思っている以上に潜んでるかもしれない」
絶対安全と思い込んでいたAZFのメンバーから感染疑いが出てしまった・・・
「とにかくメイヴの感染は一番怖い。既にAZFの情報をゼータに流してる疑いが濃厚だ」
グオが恐れている事を口にした。
ルークがシータの末裔である事、そして私がノヴァである事。
それらは既に、ゼノンに知られている可能性が高い。
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