episode11 : 春の大曲線
【オメガ軍 道場】
「ありがとうございました!」
道場の中央で、私は正座をして頭を下げた。
その日の退勤後、カイに言われて道場で合気道の相手をグオにしてもらった。
グオは師範で、正式に軍の合気道指導者だ。
集中していると邪念が払われ、心が静かになる。
「ライフルはイマイチだけど、合気道は筋がいいな、相変わらず」
「ありがとうございます」
先生にお褒めの言葉をいただいて何よりだ。
アッという間に一日一日が過ぎていく。
惑星Zeroniaでのスパイ任務から帰還した私にとっては、平和な日常だが、こうしている間にも、間違いなくゼータはオメガへの侵略作戦を進めているはずだ。
気を緩めずに、任務に集中しなければならない。
そんなタイミングでの合気道は集中力が高まって良かった。
「さて、シャワー浴びて戻るわ」
お腹も空いちゃった。
「ああ、じゃまた明日」
グオはこの後もまだ指導があるらしい。
私はロッカールームに戻り、シャワーを浴びて私服に着替え、ホロセルを確認した。
メッセージ着信の点滅がある。
“道場裏に天体望遠鏡を持って来てる。ヒマならおいで”
ルークだった。
明らかに、私の気持ちは高揚した。
早く帰ってゴハンを食べようと思っていたが、そんな気持ちは一気に吹き飛ぶ。
“グオに合気道の組手の相手をしてもらったところ。終わったから行く”
私はそう返事をして裏庭に出た。
5月初旬の夜はまだ若干肌寒い。
オメガはその昔、深刻な大気汚染に見舞われた。
一時期は物理的なシールドの中での生活の検討がなされた程だ。
だが時の研究者の開発で、大気層の浄化と強化が進められ、地域によって違いがあるものの、ここオメガ軍本拠地の空気は澄んできれいなものになった。
そのため晴れていれば夜はキレイに星が見える。
海へと続く芝生の斜面の途中にある植え込みを過ぎたところに、ルークはホロ天体望遠鏡を設置し、その横で寝転がっていた。
「お疲れ様」
私に気づくと体を起こした。
「お疲れ様」
私は彼の隣にすわった。
「確かにこの辺りの斜面の具合がちょうどいいわね」
海に映った月の明かりがまるで天の川のようだ。
「ホロで見なくても、肉眼でも十分キレイだ」
ルークはそう言って再び仰向けに寝転がる。
私も真似して同じように寝転がる。
「ホントね・・・」
こんなところで星を見ようだなんて、軍に入ってから考えた事はなかったが、確かに改めて来てみると静かで景色の美しいポイントだ。
「今の時期は・・・春の大曲線が綺麗だな」
「ああ・・・北斗七星の柄のカーブから始まるのよね」
「よく知ってるな」
「だって子どもの頃よく見てたもの」
ルークはリモコンでホロ天体望遠鏡のスイッチを入れた。
望遠鏡から見える範囲がホロプロジェクターのように辺りに投影される。
一面に広がる光る星の世界。
実際に宇宙のその場所へ行ってしまうと当然、こんなふうには見えないし、第一衝突の危険がある。
大気圏を通して遠くから見ているから、こんなふうに光ってロマンチックで美しいのだ。
子どもの頃の夢の現実なんて、そんなものだ。
「北斗七星の柄から・・・うしかい座のアークトゥルスを通って・・・」
ルークはそう言いながら、春の大曲線をなぞるように指を動かす。
「おとめ座のスピカに至るのね」
私はその先を指さした。
「そう。オレはスピカの蒼白い色が好き」
「そう?私はアークトゥルスのオレンジ色が好き」
星を眺め話していると、ゼータのオメガ侵略対策チームにいることなど、忘れてしまいそうだ。
「あっ、流れた!」
「流星群だ」
一粒の星が流れたかと思うと、次々に流星が私たちの体の方へ流れてくる。
「すごい・・・」
その光の渦は、どんな豪華なイルミネーションよりも尊くて美しい。
私たちはしばらくの間、その光の渦の中に身を投じていた。
「さ、そろそろ帰らないと、あまり長くいると、夜はまだ寒いから・・・」
ルークはそう言って体を起こす。
「そうね、見てたらキリがないわ、何時?」
私も起き上がり、ルークの腕時計をのぞき込んだ。
「20時40分」
腕時計と、位相ノイズのブレスレットを重ねて付けているのが目についた。
それを見るとなんだかお揃いのアクセサリーのようで照れくさい。
そう思い顔を上げると、すぐ目の前にルークの顔があり、不思議な色の瞳が私を捉えていた。
・・・ずっと・・・見つめられていたい。
そう思ってしまった。
ルークは私から視線を外した。
「オレは望遠鏡を隠して帰るから、先に帰って」
「わかった」
私は立ち上がった。
「また誘う」
そう言われた事が嬉しかった。
「うん、ありがと、じゃまたね」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ」
ルークに背を向け歩き出すと、急にドキドキし始めた。
大きく息を吸って吐く。
彼に対する気持ちをわかっていて認めたくなかった。
チームで仕事をしなければならない間柄だし、何より彼は、“特定の相手は作らない”という発言をしている。
宇宙を放浪しながら仕事をする彼にとってはきっと、特定の相手は重荷なのだろう。
来た道を戻り、道場の裏口を入ろうとすると、そこにグオがいた。
「グオ」
道着のまま腕を組んで壁にもたれかかっている。
「どうしたの?」
「どうしたの、じゃないよ」
へ?
「どうしたのか聞きたいのはこっちだ」
どゆこと?
「ルークと2人でいただろ」
え・・・
「見てたの?」
「帰るって言ってたのに裏口から出て行くのが見えたから気になって・・・こんな時間にあっちは危ないだろ」
まぁ、海に続く斜面だから、うっかり転がり落ちて行く事は無きにしも非ずだが。
「もしかしたら、ゼノンの神経リンクが復活して、操られてるんじゃないかとか思ったりしてさ」
ああ・・・
心配してくれてたのか。
「そしたら・・・ルークに操られてた」
私はプッと笑った。
「笑いごとじゃない!あんな暗いところでヤツと2人になるなんてガードが甘い!」
「彼はチームメンバーよ」
「いやいや、そういう事じゃなくて」
「じゃどういうことよ」
「絶対君を狙ってる!」
「狙ってるって・・・」
「ゼノンの愛人だった女がどんなふうなのかやってみたいだけだって」
「やめてよそんな言い方!」
でも・・・
“愛人になるのって、告白されるの? 付き合ってください、みたいな”
初めて一緒にゴハンを食べた時に聞かれた事を思い出す。
ゼノンの愛人だったから、単純に興味を引かれるのは事実かもしれない。
なんだか悲しくなってしまった私はションボリしてグオの前を通り過ぎた。
「帰る」
「まっすぐ帰れよ」
言われなくてもそうするわ!
なんだかそう言い返す気力はもう無かった。
グオの言う通りかもな。
私が、勝手に浮かれてただけ。
そうだ。
浮かれてる場合じゃない。
重要な任務の最中だ。
そのために私は、顔も体も名前も変えた。
任務に、集中しなければ。
でも・・・
今日、付けてもらったブレスレットを見ると、切なくなるのは、紛れもない事実だった。
「ミタライ中尉!」
トボトボ歩いていると声をかけられハッとした。
見ると、行方不明のクドウ一等兵だった。
「クドウ!あなた、戻ったのね?」
クドウは私の前まで駆け寄ってくると深く頭を下げた。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした!」
「迷惑だなんて・・・リアムの事ならいいのよ、でもあなたを心配してたわ」
「はい・・・」
クドウはガックリ肩を落として事情を話し始めた。
「実は、外せない急用が出来まして、昨日と今日の2日間、急遽休暇届を出して昨日の朝出かけたんですが・・・その休暇届が通信エラーで送信されてなくて・・・」
そんな事だったのか・・・
「ホロセルを見る余裕もなく、先程戻ったらこんな騒ぎになっていて・・・本当に申し訳ありませんでした」
「そうだったの・・・とにかく無事で良かったわ。キリュウ大尉が、あなたは無断でいなくなるような人じゃないから、何か事件に巻き込まれたんじゃないかって心配してたのよ」
「はい、キリュウ大尉にはすぐに謝罪に行きました」
それにしても、ホロセルを見る余裕もない外せない急用とはなんだったんだろう。
彼の性格上、突然そんな休暇届を出すような事も今までは無かったのだろうし。
気にはなったが、そこまで親しい間柄でもないので、それ以上の詮索はやめた。
「とにかく良かった。リアムも待ってるわ」
「はい、本当に申し訳ありませんでした。では、失礼します」
彼はもう一度深く頭を下げ、その場を去って行った。
私はそんな彼の後ろ姿を見送ると、再び宿舎に向けて歩き始め、途中でカイと一緒になった。
「今退勤?」
彼はまだ軍服のままだった。
「ああ、民間との会合の後、第三戦闘部の大尉と話してた」
きっと彼のことね・・・
「あ、今そこでクドウ一等兵に会ったわ、良かったわね、無事で」
カイはヤレヤレと言うようにため息をついた。
「まったく、あいつが突然2日続けて休暇を取るなんて思ってないから・・・」
そうよね・・・
「どうしたのかしらね、急に・・・」
軍用犬のハンドラーは、職務上、休暇を取るタイミングには気を使うものだろうし、当然クドウもそうしていただろうに。
「突然2日続けて休むなんて、何かあったんじゃないかって上長も心配してたが、本人はプライベートな事で詳しくは言えないと」
「そう・・・」
そう言われてしまえば、それ以上、詮索もできない。
「ま、とにかく、明日からまたいつも通りのヤツでいてくれればいい」
「そうね。これでリアムも落ち着くわ」
カイは大きく息をつき、肩を落とした。
「ああ・・・落ち着いたら腹減った・・・」
その言い方が、等身大の“同級生”のような感じがして笑みが出た。
普段はリーダーとして厳しい顔をしてるから。
「もうゴハン食べた?」
そう聞かれて私は首を横に振った。
「ううんまだ、さっきまで師範の特訓を受けてたから」
「ああそうか」
カイは穏やかに笑った。
笑うとステキなのに、いつも怖い顔するんだから。
「良ければそこで食べる?」
カイはフードコートの方を見てそう言った。
「うん、そうね」
どうせ何か食べようと思っていたところだ。
「私もお腹ペコペコ、何食べよう」
私はカイと共にフードコートへ向かった。
*
【道場裏の庭】
オレはホロ天体望遠鏡にカバーをかけ、昔隠していた所と同じ場所に置いた。
ここはいい具合に窪みになっていて、茂みに隠され、ちょうどいい隠し場所だ。
木の枝に引っかかってめくれたカバーを元に戻す手首のブレスレットに目が止まる。
こんな細工の入った細いチェーンにしてなくても、バングルのようにした方が簡単だし位相ノイズも強く発せられる。
それなのに、彼女の細くて白い手首を想像したら、わざわざ時間をかけてこんな細工をして同じものを作ってしまっていた。
何か石の一つでも付けたい気分だったが、さすがにそれはやり過ぎだと思ってやめた。
特定の相手でもないのに。
「特定の相手、か・・・」
つぶやきながら、茂みに隠したホロ天体望遠鏡から離れる。
女性がめんどくさい時は、“特定の相手はつくらない”が逃げ口上だった。
実際オレは宇宙を飛び回るのが生き甲斐で、マメに会いに行く事などできない。
だから、軍をやめて今の生活になって以降、たいがいはそうやって来た。
今回もこの任務が終わればオメガを去る。
特定の女性に深入りすべきではない。
しかも相手は、ゼータの司令官ゼノンの愛人だった女だ。
関わってロクな事はない。
自分にそう言い聞かせながら斜面を上がり、宿舎へ向かう通路を1人歩く。
フードコートの近くまで来ると、まだ夕食中の人々がまばらにいた。
その中の一席に、彼女とカイの姿が見えた。
まだ食べてなかったのか・・・
そっか、そうだろうな、合気道の組手をやっていたとメッセージが入った。
カイはいつになく穏やかな表情で彼女と話していた。
別にチームメンバーだし、ゴハンぐらい一緒に食べる事はあるだろう。
だが・・・
珍しい。
ヤツがあんな顔をして女性とゴハンを食べているのは。
そして彼女の方も、そんなカイに気兼ねない態度で接しているように見えた。
別に、オレも、カイも、彼女にとっては同じチームメンバーだ。
それだけだ。
それだけの、関係だ。
オレは足早にその場を通り過ぎた。
本日もお読みいただきありがとうございます。
毎日21時UP↑
全35話です。
感想・レビュー・評価お待ちしておりますm(_ _)m




