行く神 来る神
人は洞窟を飛び出す。
雨の中、赤子が一人いたら死んでしまうだろう。
子供だって年寄りだって、若者だって風邪をこじらせ死ぬかもしれない。
暗い中移動すれば怪我をするかもしれない。
虫や草の毒にやられるかもしれない。
他の獣に襲われても死ぬ。
そして人は10年以上もの間生きねば子孫も残せない。
よく生き延びたものだ。
人は洞窟に逃げ込まねばならない。雨風は防げ気候は多少安定する。獣は前からしか来ない。
中で火を焚けばさらに安全性は増すだろうし、あつまり作戦を建てられる。
洞窟を最初に発見し、火を手に入れたものは当然神と呼ばれる。自然から人を守る者は神となる。
神は言った。
「洞窟は狭くなり始めた。新たな洞窟を探すのだ」
誰もそれを信じない。
洞窟には余裕があるようにみえる。
それでも神は命じる。神は全てを知っている。今探し始めねば間に合わなくなる。
だから探しに向かわせるのだ。
地図等概念もない中の探検で何十回もアタックし、見つけねばならない。
その場所をある程度の正確さを持って伝えねばならない。優秀なものか調査に向かわなければ無駄になる。
後の世で見つかる洞窟壁画には場所を暗号的に示すものが多いのはその為である。
旅立つ者は全ての才能を自ら持つか、持つものを従えるのだ、探検には神の子が向かう事になる率は高かった。
老いる存在だった洞窟の神は自分の生前に次の洞窟を見つける事を祈る。
もし自分が死んでしまっても探検をやめない事を命じる。
探検家は最も偉大な職業の一つであったし、次の洞窟を見つける事と、火を見つける事は次の神となる為の試練だった。
数年をかけた試練、いや探検に送り出すための余力を生み出す期間、危険な旅に送り出す事に従わせるだけの期間、見つけた先で上手く定住するまでの期間を考えれば、数十年規模の試練となる。一代では終わらないかもしれない。旅立った先の仲間を見失わないために、そして忘れないために共通の仲間の印を身体に刻む。
洞窟とは水流により削られた岩山である。
探検家は川の先に向かう。現代社会、為神の子が川を渡る神話を多数見る事ができるのはこの為である。どんぶらこ、どんぶらこ。
ある洞窟の神には10人の子がいた。
2人が新たな洞窟を発見する。
最初に発見した子はそちらには向かわずこの洞窟の神を継ぐ。
4人は見つけられなかった。4人は帰って来なかった。
帰って来なかった4人のうち死亡が確認出来た者は3人であるが残りの1人も死んでいると見るべきであろう。
死亡した3人は確認した者の話を聞く。優し過ぎたのだ。神はそう言って涙を流された。
見つけられなかった4人は元の洞窟で新たな神の手助けをする。
余った洞窟は後継者の子か孫が探しに出かける。交代で少数の見張りだけを立てる。まだ3カ所に人を分けるには人が少ないと神は判断したのだ。
その選択は一つの大きな悲劇を生むことになる。




