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51 挨拶


「お冷、いかがですか?」


そう声をかけながら、シュウはポットを手に美歌のテーブルへ近づいた。

午後の光が窓越しに差し込み、店内の空気は穏やかに流れていたが、

その一角だけ、少しだけ温度が違うように感じた。


カラン、とグラスの氷が鳴る。

シュウがコップに冷たい水を注ぐと、美歌はその手の動きを静かに見つめていた。

そして、まるでタイミングを見計らったように、ふっと口を開いた。


「シュウくんでいいんだよね?」


その声は穏やかで、どこか包み込むような響きがあった。

けれど、不思議と心の奥まで届くような重みを感じた。


「……はい」

と答えると、美歌は微笑みながらゆっくりと頷いた。


「私は美歌。よろしくね」


「はい、こちらこそ……」


そう返した瞬間、彼女の瞳がまっすぐにシュウを射抜くように見つめた。

その視線に、思わず息を呑む。

どこか、ただの挨拶ではない――そんな空気が漂っていた。


そして、美歌はカップの縁にそっと指を添えたまま、穏やかに言った。


「シュウくん、昨日……何かあったでしょ?」


まるで、心の中を見透かされたような言葉だった。

唐突な質問に、シュウの肩がわずかに強張る。


「えっ……? いえ、別に。なにも無かったですよ」

声がわずかに上ずる。


「昨夜は、ひなと会って美歌さんと偶然会ってその後ひなを家に送ってからそのまま家に帰って、早めに寝たんです。

ただ……エアコンつけっぱなしで寝たから、ちょっと風邪気味なのかもしれませんけど」


言葉を重ねながらも、どこか落ち着かない。

自分でも説明になっていないことを、無理に取り繕っているような感覚。

なぜか、嘘をついているような気さえして、胸の奥がざわついた。


美歌はそんなシュウの言葉を聞きながら、表情を崩さず、ただ静かに見つめていた。

その視線は優しいようでいて、奥に何かを探るような、奇妙な静けさを持っていた。


一瞬、店内のざわめきが遠のいた気がした。

時計の針の音、氷が溶けていく微かな音――それだけが耳に残る。


「……そう」


美歌はそう言って、ゆっくりとカップを口元へ運んだ。

その仕草が妙に印象に残り、シュウはしばらくその場から動けなかった。

まるで、自分の中の“何か”を、今、確かに触れられたような――そんな感覚だけが残っていた。


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