48 美歌
「はい、お待たせ」
カウンターの奥から店長の声が聞こえ、
出来上がったばかりのアイスコーヒーがトレイに置かれた。
ひなは「はーい」と返事をして、
ガムシロップとミルク、紙ナプキンを整える。
その仕草は慣れているはずなのに、なぜかどこか落ち着かないようにも見えた。
窓際の席では、昨日マックの前で会ったあの女性——
どこか気品のある佇まいの彼女が、静かに外を眺めていた。
午後の日差しがカーテン越しに差し込み、
その輪郭を淡く光らせている。
ひなはトレイを持ち、笑顔でテーブルに近づいた。
「お待たせしました、アイスコーヒーです」
女性はゆっくりと顔を上げ、
まっすぐにひなを見つめる。
その瞳はどこか深く、言葉を超えて心の奥まで覗き込むような不思議な力があった。
そして、柔らかい声で問いかけた。
「……彼、何かあった?」
唐突な一言に、ひなは一瞬きょとんとしたが、
すぐにいつもの調子で笑顔を浮かべた。
「あ、シュウのことですか? 風邪みたいなんです。
夏風邪はアホしか引かないって言いますもんね〜」
ひなが軽く笑って冗談めかして言うと、
女性はふっと口元をほころばせた。
その笑みはどこか包み込むようで、
まるで“すべてを分かったうえで”優しく受け止めているような穏やかさがあった。
「ふふ……そう。あの人、きっと無理してるのね」
そう言ってから、女性は少し姿勢を正し、穏やかに自己紹介をした。
「私、美歌って言うの。気軽に“美歌”って呼んでね」
ひなも微笑み返しながら頭を下げる。
「はい、私はひなです。よろしくお願いします」
2人の間に流れる空気は、不思議と柔らかく、心地よかった。
カップの中で氷が小さくカランと音を立て、
その音がまるで“新しい何かの始まり”を告げているようにも感じられた。




