47 視線
店に戻ると、ひなはまだどこか機嫌が悪いままだった。
レジ横で伝票を整理している彼女は、俺が近くを通っても一切目を合わせようとしない。
横目でちらりと見ても、あえて意識的に視線を逸らしているのが分かる。
「まったく、すぐ怒るんだから…」
小さくため息をついたその時——
チリン、と扉のベルが軽やかに鳴った。
何気なく顔を上げると、そこに立っていたのは——昨夜マックの前で出会った、あの女性だった。
その瞬間、胸の奥が小さくざわめいた。
まるで“また会うことが決まっていた”かのような、不思議な感覚
白いブラウスに淡いベージュのスカート。
派手さはないのに、彼女の周囲だけ柔らかい光が滲むように見える。
空気がほんの少し違って感じられるのは気のせいだろうか——。
「いらっしゃいませ。空いているお席にどうぞ」
いつも通りの声でそう言うと、彼女は穏やかに微笑み、窓際の席に腰を下ろした。
「昨日はどうも」
軽く挨拶をすると、彼女は小さく頷いた。
その目が、まっすぐ俺の中を覗き込むように向けられている。
「アイスコーヒーをお願いね」
短く告げたあとも、彼女の視線は離れなかった。
その眼差しはまるで、俺の心の奥にある“何か”を確かめようとしているようだった。
「はい、かしこまりました」
できるだけ平静を装いながら、その場を離れた。
でも背中にずっと視線を感じる。
伝票を店長に渡しながら、つい気になってもう一度振り返った。
彼女は、まだこちらを見ていた。
穏やかな微笑みを浮かべながらも、その瞳はどこか鋭く、すべてを見透かすような光を宿していた。
そしてその唇が、かすかに動いた。
音にはならなかったが、なぜかその口の形だけがはっきりと読めた。
——「何かあった?」
その瞬間、胸の奥がズキリと痛んだ。
まるで心の奥に隠していた不安や違和感を、言葉ひとつで引きずり出されたような気がして——
俺は、ただ立ち尽くすことしかできなかった。