46 やばい……
バイト先に着いた途端、ひながまっすぐ俺の方へ駆け寄ってきた。
「シュウ、どうしたの? 具合悪いんじゃない?」
心配そうに顔を覗き込まれて、思わず足を止める。
「え? いやいや、別になんでもないよ。どうして? 俺、至って普通だって」
なるべく明るく返したつもりだったが、自分でも声がわずかに掠れているのがわかった。
ひなはじっと俺の顔を見つめ、首を横に振った。
「だって……顔色がめちゃくちゃ悪いよ。それに目もくぼんでる。昨日から……あれから、何かあったんじゃない?」
その言葉に一瞬、心臓がドキリとした。
「な、何もないよ。まっすぐ帰って、早めに寝ただけ。多分、寝過ぎたのかもな」
笑いながら肩をすくめてみせたが、その笑顔がどこか引きつっていること気づいた。
ひなの眼差しは真剣そのものだったので、自分でも少し不安になってきた。
気をそらすようにバックルームへ入って、ふと鏡を覗き込む。
「……えっ」
思わず声が漏れた。映った自分の顔は青白く、確かに頬がこけて目の下には影が落ちていた。普段の自分とはまるで別人のような、不健康そのものの顔色。これじゃ、ひなが驚くのも当然だ。
「……やばいな、これ」
小さく呟きながらも、薬は飲んだし大丈夫だと自分に言い聞かせる。けれど心の奥では、理由のわからない体のだるさと、自分でも気づかなかった異変に、じわりと不安が広がっていくのを止められなかった。
お店に戻ってから、なんとなく身体が重い気がして、ひなに向かってぽつりと漏らした。
「やっぱり、風邪かなぁ……」
そう言った瞬間、ひなの視線が鋭く俺に突き刺さった。
彼女はしばらく黙ったまま、じぃっと俺を観察するように見つめてくる。
その真剣な眼差しに、少しだけ居心地の悪さを覚える。
「……絶対、木曜日までには治してよね」
ひなはきっぱりと言い放った。
「風邪で行けなくなったら、ほんとにやだからね」
声の調子には明らかな苛立ちが混じっていて、心配してくれているのは分かるのに、それ以上に怒りの方が勝っているように聞こえる。
俺が咳き込むのを見て、彼女はさらに追い打ちをかけるように言葉を重ねてきた。
「シュウ、ちゃんとご飯食べてる? だから体力ないんだよぉ。
ほんと、しっかりしてよね!」
ひなの声は少し震えていて、それが余計に強く胸に響いた。
怒っているのか、心配しているのか。いや、きっとその両方なんだろう。
だけど、俺にとっては「やっぱり心配よりも先に怒られたか」という感想しか浮かばなかった。
思った通りの展開に、苦笑いがこぼれてしまう。