45 夢
ふぅっと、ゆっくりとまぶたが開いた。
「……ん……」小さく唸りながら視界がはっきりしてくると、天井が目に映った。
「はぁ……なんだ、夢かぁ……」思わずため息が漏れる。
さっきまでの出来事が、あまりにも鮮やかに蘇る。男の子の笑顔、広すぎるリビング、そしてあの上品で美しいお母さん。声や仕草まですべてが本物のようで、夢だと気づくのが遅れたほどだ。
「でも……やたらリアルだったなぁ……」と呟くと、胸の奥に奇妙な余韻が残っているのを感じた。
思い返すたびに、頬がにやけてしまう。
「お母さん、ほんとに綺麗だったよなぁ……。しかも泊まっていってもいい、なんて……ふふふ」
そう独り言をつぶやきながら、まるで現実に言われたかのような恥ずかしさと喜びがこみ上げる。
けれど次の瞬間、冷静さが戻る。
「でも夢かぁ……そりゃそうだよな。あんな立派なお屋敷も、あんな不思議な出会いも……。やっぱり疲れてるんだな、俺」
自分に言い聞かせるように呟くが、心のどこかで「もう一度会いたい」と願ってしまっている。夢の住人に会いたいだなんて、おかしな話なのに。
ふと時計を見ると、まだ午前三時を少し回ったところだった。
「まだまだ寝れるな……」
そう思うと、胸の奥に期待が芽生える。
「また夢の続き……見れるかもしれない」
そんな淡い希望を抱きながら、毛布を肩まで引き上げて深く潜り込む。目を閉じると、まぶたの裏にあの親子の姿が浮かび、胸がほんのり温かくなる。
やがて意識は静かに沈んでいき、シュウは再び夢の中へと引き込まれていった。
朝、目を覚ますと、まず最初に全身の重さを感じた。
「……なんだこれ、体がやたらとだるい……」
布団から起き上がろうとした瞬間、鉛のように体が動きにくい。腕や足に力を入れても、どこか引きずられるような感覚がつきまとっていた。
「昨日、エアコンかけっぱなしで寝ちゃったからかな……」
そう思いながら、喉の痛みがあるかを確認する。幸い、喉は特に乾燥していないし、咳も出ない。ただ、体の芯から疲労が染みついているようで、普通の寝不足とも違う。なんとも言えない不快感が体を覆っていた。
「でも、このまま本当に風邪ひいたらやばいよな……」
頭に真っ先に浮かんだのは、ひなの顔だった。せっかく計画した旅行があるのに、もし自分が寝込んだら、きっとひなは心配より先に怒るだろう。
「絶対、“もぉ〜、なんで体調管理できないの!”って言われるに決まってる」
そんな彼女の声が頭の中に響き、思わず苦笑いする。
とりあえず、念のために風邪薬を取り出し、コップの水で流し込んだ。効いてくれ、と心の中で祈りながら。
その後、簡単に朝食を済ませ、シャワーで頭をすっきりさせようとしたが、やはり体のだるさは拭えない。それでも、旅行のためにも気持ちを切り替えようと、自分を奮い立たせて支度を整えた。
「大丈夫、大丈夫。きっと一時的なもんだ」
そう自分に言い聞かせながら玄関を出る。けれど、心の奥底では、この妙な重さがただの疲れなのか、それとも――そんな不安が微かに揺らいでいた。