43 緊張感
「こんにちは、シュウさん」
やわらかな声がリビングに響いた。
振り向いた瞬間、思わず息をのむ。
そこに立っていたのは、上品さと美しさをあわせ持った女性だった。
髪は肩までの自然なウェーブで、薄い化粧なのに肌は透き通るように綺麗だ。ふんわりとした笑みを浮かべるだけで、部屋の空気がやさしく和らぐように感じられる。
「うちの子供がご迷惑をおかけして申し訳ありません」
そう頭を下げてくる。
「あ、いえいえ……。前から約束してて……。こんな時間にお邪魔してしまって、すみません」
しどろもどろになりながら答える自分に気づき、シュウはさらに緊張していった。
すると彼女は、柔らかい声で続ける。
「大丈夫ですよ。主人は単身赴任でいないので、いまはこの子と二人だけの生活なんです。ですから、どうか気にしないでくださいね」
その言葉に少し肩の力が抜けた気がした。
(……なんて優しい人なんだ。それに、こんなに綺麗なお母さんだなんて)
思わず見惚れながら、心の中でそうつぶやく。ぱっと見たところ、どう見ても二十代後半くらいにしか見えない。
(……いや、待てよ。俺、名前なんて言ったっけ?)
一瞬そんな疑問が浮かんだとき、不意に彼女が言葉を重ねた。
「シュウさん。こう見えても、もう三十を回っているんですよ。そんなに若くはないんです」
そして、柔らかく、からかうように微笑んだ。
(……え? 今、俺が思ったこと……聞こえてた?)
まるで心をそのまま読まれたようで、思わず背筋にゾクッとしたものが走る。驚きと同時に、なんだか見透かされたような恥ずかしさに、シュウの顔が少し熱くなった。
「い、いえ! 全然そうは見えませんよ。すごく……その、綺麗で」
慌てて口にすると、自分でも何を言っているのか分からなくなりそうだった。
「まぁ……お上手ですね」
そう言って、彼女は優しい笑みをこぼす。その仕草さえも自然で、さらに場の空気をやわらげてしまう。
(なんだ、この余裕……。俺なんか完全に子供扱いじゃないか)
そんなことを思いつつも、視線を外せない。
「では、今ケーキとお茶を用意しますから、少し待っていてくださいね」
そう言い残して、奥へと姿を消していく彼女。
その背中を見送りながら、シュウは再び深いため息をついた。
(……緊張する……。でも、なんか不思議な人だな)
そう思わずにはいられなかった。