39 ひなの拳
「ねぇ、シュウ……なんで正直に言っちゃったの?」
家への帰り道、ひなが少しふくれっ面でそう尋ねてきた。
「いや……なんか、あの人には嘘つけなかったんだよ。全部見透かされてるみたいでさ。なんか、不思議な人だなぁって思ったんだ」
俺は肩をすくめながら答える。
ひなはしばらく考え込んだようにうつむき、それから思い出したように顔を上げた。
「だってね、今日の昼間も言われたんだよ?“大変な彼氏さんね”って」
「あぁ……そうだったな。確かに、そんな話してたよな」
思い返せば、あの女性の言葉や目線はどこか普通じゃなかった気がする。
「ねぇ……もしかしてあのお客さん、霊媒師とかそういう人なんじゃない?だから全部わかっちゃうとか……」
ひなが小声で、半分本気、半分冗談みたいに言う。
俺は思わず吹き出した。
「もぉ〜、そんなわけないだろ。言ったじゃん、ひなが馴れ馴れしいからそう見えただけだって」
「はぁ!?」
次の瞬間、ひなの拳が俺の背中にドンッと飛んできた。
「いってぇ〜っ!」
俺は大げさに声を上げる。
「そんなこと言うから罰!反省しなさいっ」
ひながぷんぷんしながら言う姿に、思わず笑ってしまう。
「ごめんごめん、冗談だってば」
俺が慌てて言うと、ひなはさらに腕を組んで睨んできた。
「今度またそんなこと言ったら、パンチ倍にするからね!」
「わかったよぉ〜。もう言いません、ほんとに」
俺は両手を上げて降参のポーズをとった。
そのやりとりに、ひなも堪えきれず「ぷぷっ」と吹き出してしまった。
「もぉ、ほんとシュウって……」
二人で顔を見合わせ、また笑い合う。くだらないやり取りだけど、こうして笑っていられる時間が、何より幸せに思えた。
そうして俺は、ふざけ合いながらもひなを家の前まで送り届ける。
「またね」と手を振るひなの笑顔を胸に焼きつけながら、俺は自分の家へと帰っていった。




