36 予定
「じゃあ、江ノ島決定ね!」
ひなが嬉しそうに宣言するように言った。
「そういえばさ、ひな。夜から出られるの?」
俺が何気なく確認すると、ひなは一瞬きょとんとした顔をしてから、急に頬を赤くして目を細めた。
「えぇ、いきなり……。シュウ、絶対なんか変なこと考えてる!そうに決まってる!」
疑いの眼差しを向けてくるひなに、俺は思わず大きくため息をついた。
「はぁ〜……。違うってば。」
わざと呆れたように肩をすくめて説明する。
「この時期さ、道がすごく混むだろ?だから夜中のうちに出発すれば渋滞を避けられるし、向こうに着いてからもゆっくりできるんだ。ただそれだけだよ。」
「……なんだ、そういうことかぁ。」
ひなは少し恥ずかしそうに俯き、それからふっと微笑んだ。その笑みがどこか照れているように見えて、俺はつい意地悪を言いたくなった。
「なにそれ、ひな……もしかして、ちょっと期待してた?」
俺がニヤリと笑いながら尋ねると、ひなは慌てて首を振る。
「ち、違うもん!全然そんなことない!」
そう言いながらも、耳まで赤くなっているのがはっきりわかってしまい、余計に可愛く見えてしまう。
「ふ〜ん……。でも、がっかりしてるように見えるけどなぁ〜?」
俺がさらにからかうと、ひなはぷくっと頬を膨らませて俺を睨み、
「もぉ、シュウの意地悪!」と声を上げた。
その表情がまたおかしくて、俺はこらえきれずに笑ってしまい、結局ふたりで顔を見合わせて笑い合ってしまった。
「でも……良かった。」
ひながふっと小さな声でつぶやいた。
「なにが?」と俺が聞き返すと、ひなは少し照れたように笑いながら言う。
「だってさ、だんだん本格的になってきたんだもん。今まで『連れていくよ』って口ばっかりで、全然行けなかったから。だから……ちょっと嬉しいの。」
言われてみれば、その通りだった。約束ばかりで実現できなかった。
俺は苦笑いしながら肩をすくめて、「それは悪かったね。でも、これは絶対決行するから。今度こそ本当だから。」と真剣に言った。
「うん……」
ひなは頷きながら、瞳をきらきらさせて俺を見てくる。その目を見ているだけで、俺も胸が熱くなった。
「じゃあ、いつにしようか?」
俺が問いかけると、ひなは間髪入れずに「ひなは早く行きたいなぁ〜!」と子供みたいに無邪気な声をあげた。
「そうか……じゃあ、ひな。今度のバイトの休みはいつ?」
「待ってね。」
ひなは慌てて鞄からスマホを取り出し、真剣な顔つきでシフト表を確認し始めた。小さな画面を指でスクロールする姿が妙に愛おしく見える。
「……あ、今度の木曜日。入ってない!」
嬉しそうに顔を上げるひなに、俺はにっこりと笑って言った。
「じゃあ、木曜日の夜中から行こうか。どう?」
「うん、大丈夫!それで行こう!」
声を弾ませるひなの姿に、俺も自然と笑みがこぼれた。
「じゃあ、その日に決定だな。……あぁ、それと。俺がひなの家の前まで車で迎えに行くよ。時間は……そうだな、夜中の3時ごろでいいかな?」
「うん!」
ひなは大きく頷き、ぱぁっと顔を輝かせた。
その笑顔を見ていると、俺も一気に楽しみが込み上げてきて――まるで初めての旅行に向けて、ふたりの気持ちが同じ方向に一つに重なった瞬間のように思えた。