35 憧れ
「ひな、もうこの話はここでおしまいにしよう。」
俺は深く息を吐いてから、少し照れ隠しのように笑った。
「せっかくこうして二人で一緒にいるんだし、楽しい話にしようよ。デートの話とかさ。」
ひなの顔がぱっと明るくなった。
「うん!そうしよっか。それならね、海の話にしようよ。」
そう言って、まるで子どもみたいに目を輝かせる。
「ひなはね、江ノ島に行きたいんだぁ〜。」
その言葉に合わせて、ひなは手を胸の前で組みながら嬉しそうに微笑んだ。
俺はその表情に少し見とれながらも、つい口がすべってしまう。
「江ノ島ってさ、何にもないよ。ただ島があるだけだし…。」
その瞬間、ひなは頬をふくらませて俺をじっと睨んだ。
「もぉ〜!なんでそういう夢のないこと言うかなぁ〜!」
机の上に身を乗り出して抗議するように言うひなの姿に、俺は思わず苦笑した。
「だって事実だしさ…。」
「違うもん!」ひなはぷいっと顔を背け、少し拗ねたように言葉を重ねた。
「夕焼けとか綺麗そうで、いい感じじゃない?ひなはずっと江ノ島に憧れてたんだから!だから行きたいの。いいでしょ?」
そう言って再びこちらに視線を戻したひなの目は、少し潤んでキラキラしていて、まるで「お願い」と訴えかけているみたいだった。
俺はその表情に根負けして、結局「仕方ないなぁ」と笑ってしまった。
「わかったよぉ。じゃあ江ノ島、決定ね。」
俺がそう言うと、ひなは嬉しそうにぱっと笑顔を見せて、こくんと頷いた。
「うん!」
「そうしたらさ、鎌倉も寄ってみようか。ふらっと散歩して、何か食べてさ。それから江ノ島に移動して夕日を見れば、ちょうどいい感じじゃない?」
俺が少し真面目に提案すると、ひなは目を輝かせながら身を乗り出してきた。
「うん、いいね!ひな、よくわからないからシュウに全部任せる。でもね…」
そう言って、ひなは少し恥ずかしそうに笑いながら続けた。
「ひなは夕日が見たいの。前からの夢だったんだぁ〜。」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる。
——なんとなくだけど、この夢を叶えてあげたい。そう思えてきた。
「わかった。じゃあコースは俺が考えるから安心して。ひなは楽しむだけでいいんだ。」
そう言いながら、つい真剣な口調になってしまうと、ひなは俺の顔をじっと見てから、にやっと悪戯っぽく笑った。
「シュウ、今…変なこと考えてるでしょ!」
「えっ!? ちょ、なんでそうなるの!?」
俺は慌てて否定するけれど、ひなは頬を膨らませながらも笑いが止まらない様子で、肩を小さく震わせていた。
まるで子どものように無邪気に笑うひなを見ていると、俺もつられて笑ってしまい、気がつけば二人で楽しそうに笑い合っていた。