34 2人の時間
「シュウ、もう店長にバレてるよね。私たち付き合ってるの。」
ひながストローをくるくる回しながら、わざといたずらっぽい笑顔でそう切り出した。
「えっ、そんなことないって! 絶対バレてないよ。俺、完璧に自然でいるし。」
慌てて言い返すシュウを、ひなは半分呆れたように、でもどこか嬉しそうに見つめてくる。
「ううん、絶対バレてる。だって、店長いつも私たちを見て笑ってるんだもん。」
「うそだろ…知らなかった…」
シュウは目を丸くして固まったが、ふと先日の光景を思い出した。確かに、店長がじっと二人を見て、意味ありげに口元を緩めていた気がする。
「だから言ったじゃん。シュウって周りのこと全然見てないんだよ。」
ひなは小さく肩をすくめて、楽しそうに笑った。
「そうかなぁ〜、見てるつもりなんだけどなぁ。」
「無理無理。シュウは絶対気づかないよ。たとえば危ない目に遭っても…遭ってからやっと気づくタイプだもん。」
ひなが笑いながら言うと、シュウはちょっと拗ねたように口を尖らせる。
「それは酷いだろ。そこまで鈍くないから!」
二人は顔を見合わせ、思わず同時に吹き出した。
笑い合ううちに、なんだか周りの空気まで柔らかくなっていく。
「でもまぁ、別にいいよね。店長さんにバレたって。」
ひながふと真面目な声で言った。
「あぁ。いずれはちゃんと話すつもりだしね」
その答えに、ひなは少し恥ずかしそうに視線を伏せ、頬を染めながら小さく頷いた。
ほんの一瞬、気まずい沈黙が落ちたが、ひなは慌てて話題を変えるように声を弾ませた。
「そうそう、海の計画どうなったの?」
「あぁ、ごめん。実はお葬式とか入っちゃって、まだ何も考えられてなくてさ。」
「そっか…」
ひなは少し驚いたように瞬きをしたが、すぐに柔らかい表情に戻り、静かにシュウを見つめていた。
「大変だったね、シュウ。」
ひなが、いつになく柔らかな声で問いかけてきた。
「もう…大丈夫なの?」
俺はしばらく視線を落としたまま、ゆっくりと答えた。
「うん。ちゃんとお別れは出来たよ。でも…同い年のいとこだったからさ、やっぱりショックが大きくて。正直、まだ信じられないんだ。」
ひなは小さく頷き、眉を寄せて俺の顔を覗き込んでくる。
「そうだよね…。若すぎるよね。」
「本当に。あぁ、なんでって、何度も思ったよ。」
俺は両手でコーヒーを包み込み、力なく息を吐いた。
「神様なんていないんじゃないか…なんて、そんなことまで考えちゃったんだ。」
言葉を口にしてしまったあと、少しだけ苦笑いを浮かべた。自分でも大げさだと思いたかったのかもしれない。
ひなは否定も相槌もせず、ただ真剣に俺の話を受け止めてくれていた。
小さな「うん」という声だけが、彼女の気持ちをそっと伝えてくれる。
俺の胸の奥に渦巻いていたざわめきが、その静かな声で少しずつ落ち着いていくのを感じた。