32 試作の味見
「よし、あと二時間。気合いで頑張るか…」
心の中で自分にそう言い聞かせ、俺は店内の片付けを率先して始めた。忙しさで疲れはあるものの、集中して動けば時間は意外と早く過ぎていく。
そんな俺の姿を見ていた店長が、にやりと笑いながら声をかけてきた。
「シュウくん、ちょっとこれ飲んでみな。試作品のアイスコーヒーなんだけど、味の感想を聞きたいんだ」
「はい、ありがとうございます」
トレイの上に置かれたグラスを受け取り、一口飲んでみる。途端に舌に広がったのは、予想以上の甘さだった。思わず目を丸くする。
「店長、これ…すごく甘いですね!」
店長は腕を組みながら得意げに頷いた。
「あぁ、わざとめちゃくちゃ甘めにしてみたんだよ。お店のオリジナルとして、“甘さはこちらで調整します”ってスタイルにできないかと思ってな」
「なるほど…それ、いいかもしれませんね。普段はお客さんがガムシロ入れて適当に調整しますけど、こっちで加減を工夫したら面白いと思います」
「だろう? シュウくんもそう思うか。うん、試してみる価値はあるな」
そんなふうに、試作品の味についてあれこれ語り合っているうちに、残り時間もあっという間に過ぎていった。
やがて時計を確認した店長が、笑顔で声をかける。
「シュウくん、もうそろそろ時間だな。今日はここまででいいよ、上がって大丈夫」
「ありがとうございます。じゃあ、お先に失礼します」
頭を下げて挨拶をすると、俺は軽い足取りで店を後にした。
去っていく背中を見送りながら、店長はぽつりと呟く。
「今どきの大学生にしちゃ、本当に素直でいい子だなぁ」
その目は、じぃっと優しさを含んで俺の後ろ姿を見送っていた。
――そしてバイトを終えた俺は、急いでマックへ向かった。ひなが笑顔で待っていると思うと、自然と足が速まっていった。