28 出会い
カランカラン、と扉につけられた小さなベルが澄んだ音を立てた。
思わず振り返ると、そこにはひとりの女性が立っていた。
彼女はまだ店の中へは入らず、入口からそっと様子をうかがうように中を覗いている。
それも無理はなかった。店内はすでにほとんど満席で、テーブル席はもちろん、カウンターもほぼ埋まっていたのだから。
俺は急いで店内を見回す。――すると、かろうじて空いていたのは、端のカウンター席がひとつだけ。
しかも、そこはちょうど俺たちバイトの立ち位置の目の前で、お客さんにとっては落ち着かない場所かもしれない。
「今、かなり混み合っておりまして……あちらのカウンターのお席しか空いていないのですが、よろしいでしょうか?」
そう声をかけながらも、内心では少し気がかりだった。せっかくのカフェでの時間なのに、狭い端席なんて嫌だと思うだろうな――そんな気遣いが胸の中にあったのだ。
だが、女性はふっと柔らかく微笑んでくれた。
「ありがとう。そちらで構わないわ」
その表情に救われた気がして、俺は自然と息をつく。
「では、こちらへどうぞ。本日はなぜか混んでしまっていて……申し訳ありません」
そう言いながら彼女を席へ案内し、お冷とおしぼりを差し出した。
女性はそれを受け取りながら、ふとこちらを見て、気遣うように言った。
「忙しいのに、ごめんね」
その優しい言葉に少し驚きつつも、俺は思わず笑みを返した。
彼女はそのまま、静かな声でアイスコーヒーを注文した。
店長に注文を伝え、カウンターの奥でアイスコーヒーが仕上がるのを待っていると、横から声をかけられた。
「ちょっと話があるからね、わかった?」
振り返ると、そこには同じバイトのひながいた。
その一言で、俺はすぐに思った。――あぁ、そうだった。すっかり忘れていたけど、また何か文句を言われるんだろうな。
そんな予感が胸の中に広がり、少しだけ気持ちが重たくなる。
考え込んでいると、店長の声が響いた。
「アイス、よろしく」
はっとして顔を上げ、急いでトレイにアイスコーヒーを準備する。
グラスの中で氷が涼やかな音を立て、ほのかに水滴が光っていた。
それを慎重に持ち、先ほど案内した女性のもとへと向かう。
「お待たせいたしました」
丁寧に言葉を添えながら、グラスをそっと差し出す。
女性は俺の方を見上げて、ふんわりと優しい笑みを浮かべた。
「ありがとう」
たった一言。ありふれたやりとりのはずなのに、胸の奥が不思議にざわめいた。
ただそれだけのことなのに――どうしてだろう、この人のことが気になって仕方がない。