26 【バイト】
そう思いながら、再びゆっくりとまぶたを閉じると、知らぬ間にまた眠りへと落ちていった。
――朝。
目を覚ました瞬間、頭の中に昨夜の夢が鮮明に蘇ってきた。普段なら夢などすぐに霞んでしまうのに、今回は違った。まるで現実を体験したかのように、細部まで克明に残っている。
あの公園……そうだ、鎌倉のあの場所だ。
夢の中で見た光景と、俺が知っている現実の公園がぴたりと重なった。
よくよく考えてみると、これまでも何度か夢の中に公園が出てきていたことを思い出す。ただし、その時はいつも風景だけで、そこに誰かがいた記憶はない。
――だが、今朝の夢では違った。
初めて、あの男の子が現れた。
そして「約束」という言葉を残して消えていった。
胸の奥に奇妙なざわめきが広がる。
あの子は一体誰なのか。
ただの夢なのか、それとも……俺自身と何か関わっている存在なのか。
答えの出ないまま、重い気持ちを抱えながら階下へ降りると、母親がいつものように朝食の支度をしていた。
テーブルに腰を下ろすと、母が顔を上げて尋ねる。
「今日は?」
俺は考え事を振り切るように短く答えた。
「……バイトだよ」
それでも頭の中では、まだ夢の残像が色濃く渦巻いていた。
現実と夢の境界が、少しずつ溶け合っていくような感覚を拭えなかった。
「母さん、11時からバイトだから、もう少ししたら出るよ」
朝食を終えたタイミングでそう伝えると、母は振り返って、少しだけ心配そうな目を向けてきた。
「うん……頑張ってね。でも、もし少しでも具合が悪かったらすぐに病院へ行くんだよ。母さん、裕二くんみたいなことはもう嫌だから」
その言葉に胸がちくりとした。
俺は苦笑いを浮かべて、努めて軽い調子で答えた。
「大丈夫だよ。俺は健康だし、心配いらないから」
そう言って席を立ち、支度を始める。
普段通りの会話のはずなのに、「裕二くんみたいに」という一言が頭の片隅に残り、靴ひもを結ぶ手がわずかに止まった。
――それでも時間は待ってくれない。
気持ちを振り払うように家を出て、バイト先の喫茶店へ向かった。
店に着いた瞬間、思わず目を瞬かせた。
普段なら昼前の時間帯はがらんとして、のんびりとした空気が漂っているのに、今日は違った。
店内はすでに多くの客で賑わい、ざわめきとコーヒーの香りが混じり合っている。
「どうしたんだ、今日……」
心の中で呟きながら、エプロンを手に取った。
やっぱり、この暑さのせいだろうか――。




