15 女の子
「シュウくん、その女の子に……なんて声をかけたの?」
ママさんは、少し緊張を含んだ表情で尋ねてきた。
「はい。もう遅いから、そろそろ帰りなって言いました」
俺がそう答えると、ママさんは安堵の息を漏らし、肩を撫で下ろすようにして、表情を緩めた。
「よかった……」
彼女の声には、心の底からの安堵がにじんでいた。
「シュウくんね、もしあの子と一緒に帰ろうとしていたら……あなた、ここに戻ってこれなかったかもしれないのよ」
俺はその言葉に思わず息を呑んだ。
――まさか。
あの子が……幽霊だったのか?
隣に座っていた常連客も口を挟んだ。
「俺も会ったことがあるんだ。最初は本物の子供だと思ったよ。でもね、ママに聞いてから気づいたんだ。あの子は、この店に時々現れる幽霊なんだって」
ママさんは静かに頷きながら続ける。
「浴衣を着た、可愛い顔をした子でしょう? 階段の踊り場で遊んでいたんじゃない?」
俺は黙って頷いた。まさにその通りだったからだ。
常連客は、少し声を落として語った。
「前にその子に会った時、一緒に行こうって誘われた。でも、ママに言われたから『一緒には行けない』って断ったんだ。そしたら寂しそうに笑って……その場でスッと消えたんだよ」
俺はただ黙って聞くしかなかった。背筋を冷たいものが伝い落ちていく感覚に、鳥肌が立っていた。
そんな俺を見て、ママさんは言葉を選ぶように静かに告げた。
「シュウくん、このお店はね……ちょっと不思議な場所なの。だから、霊感がある人や、そういう出来事に縁のある人が自然と集まってくるんだよ」
彼女の言葉が、妙に現実味を帯びて胸に響いた。
「でも、俺……霊感とか全然無いんですけど」
そう口にすると、ママは呆れたように、けれど優しく微笑んだ。
「何言ってるの、今まさに会ってきたじゃないの」
その声には、軽い冗談の調子ではなく、確信めいた重みがあった。
「……あの子ね、霊感を持つ人にだけ姿を見せるのよ。きっと伝えたいことがあるんだと思う。シュウくん、まだ自分の力に気づいていないだけなのよ」
その言葉に、胸の奥がざわついた。
本当に俺にそんなものがあるのだろうか。
「そうなのかなぁ……」と小さくつぶやいた瞬間だった。
奥の席にいた女性客が、すっと立ち上がった。
彼女は音もなく近づいてきて、当然のように俺の隣へ腰を下ろした。
そして、真剣な眼差しをこちらに向け、ゆっくりとした声で言った。
「シュウくん……手を見せてごらんなさい」
不思議な気配が、ふっと空気を変える。
まるで店の照明まで少し暗くなったように感じられ、思わず息を呑んだ。