14 経過した時間
「シュウくん、わかった? すごく時間かかったから、迷子になったかと思っちゃったよ」
カウンターに戻ると、ママさんが少し心配そうな笑みを浮かべて声をかけてきた。
「いえいえ、すぐわかりましたよ」俺は軽く手を振って答えた。
「でも、その……浴衣を着た小さな女の子がいて。声をかけたんですけど、『ここで遊んでる』って言うから、一緒に行かないで戻ってきたんです。ほんの2、3分くらいですよ、いや……せいぜい5分ですかね」
そう説明した瞬間、ママさんと隣に座っていた常連のお客さんが顔を見合わせ、眉をひそめる。
「シュウくん……」ママさんが少し声を落として言う。
「え? どうしました?」
「あなた、30分くらい外にいたわよ」
「えぇっ!? そんなに……?」思わず声が裏返る。
その場にいたお客さんの一人が冗談めかして「時計止まってたんじゃないの〜?」と笑いながらグラスを鳴らし、もう一人は「いやぁ、シュウちゃん、女の子に見とれてたんじゃない?」と茶化す。
店の空気がどこかざわついて、俺の中では「数分」と思っていた出来事が、周囲から見ると「30分」だったという奇妙な食い違いが、じわじわと背筋に冷たいものを走らせていた。
俺がカウンターに戻って腰を下ろすと、ママさんが何も言わずに俺の前のグラスをそっと下げ、新しいビールを注いで置いてくれた。
その仕草に、なんとなく気遣いの温かさを感じていると、ママさんがふいに口を開いた。
「……シュウくん、会ったの? 女の子と」
不意の問いに少し驚きながらも、俺は頷いた。
「はい。楽しそうに遊んでましたよ」
俺が笑顔で答えると、ママさんは小さく「そう……」とだけ言って目を伏せる。
その反応が妙に気になり、俺はさらに続けた。
「上の階のお店のお子さんなんですかねぇ。すごく可愛らしい女の子でしたよ」
そう言った瞬間、空気が変わったのを肌で感じた。
ざわついていたカウンターが急にしんと静まり返り、笑い声も止まる。
お客たちは互いに目を合わせ、何かを探るようにひそひそと視線を交わしていた。
「……どうしたんですか?」
耐えきれずに俺がそう尋ねると、ママさんは一呼吸おいてから、まるで重い口を開くようにゆっくりと告げた。
「さっき言ったでしょ。幽霊が出るって……」
その声音は、さっきまでの冗談めいた調子とはまるで違い、妙に現実味を帯びていた。
「細かくは言わなかったけど、シュウくんが会った子に間違いないわ。浴衣を着た、かわいい女の子が……あの踊り場で遊んでいるのを見た、って話」
カウンターの端で座っていた常連らしい年配の男が「やっぱり出たのか……」と低くつぶやく。
他の客も一様に息を呑み、誰もが視線を俺に向けていた。
俺はグラスを持つ手がわずかに震えるのを感じながら、目の前のママさんを見つめた。
冗談じゃない——そう思いたいのに、さっき確かに会話を交わした浴衣の少女の姿が脳裏に鮮明に蘇る。
言葉を失ったまま、俺はただ、静まり返った店内に一人取り残されたような気がしていた。