12 常連
店内を見渡すと、周りのお客さんたちはそれぞれお酒を片手に、ママさんと世間話を楽しんでいる様子だった。まるで「飲みに来る」というより「話をしに来る」場所のような、温かい空気が漂っている。
そんな雰囲気に少し安心しながら、俺はグラスを手に取ってビールをひと口。キンキンに冷えた液体が喉を滑り落ちていく感覚は格別で、思わず「うまい」と心の中で呟いてしまった。
すると、ママさんがさりげなくこちらを見て、
「学生さん、名前はなんていうの?」
と声をかけてきた。
少し緊張しながら「シュウです」と答えると、ママさんはにっこり笑い、
「へぇ〜、いい名前じゃない。かっこいいね」
と言ってくれた。
その後、彼女はカウンター越しに軽く手を叩き、周りのお客さんに向かって声を張る。
「みなさーん、今日から新しい仲間が増えましたよ! シュウちゃんね。今日から常連さんだから、よろしくね〜!」
その瞬間、あちこちから「おぉ、よろしくな!」「若い子が来ると元気出るなぁ」なんて温かい声が返ってきた。思わず顔が赤くなるほど恥ずかしかったが、それ以上に、こんなにもあっさりと受け入れられることが嬉しかった。
「初めてなのに、まるで前からここにいたみたいだ」
そんな不思議な安心感に包まれながら、俺はグラスをもう一度口に運んだ。
「シュウちゃん、なんか食べる? 何か作ってあげようか?」
突然の問いかけに、少し驚いた。普通なら気をつかって遠慮するところだが、ママさんの声には妙な安心感があって、反射的に「はい、お願いします」と答えてしまった。
「嫌いなものは?」
「別にないです」
「了解、じゃあちょっと待っててね」
そう言うと、ママさんは慣れた手つきでカウンターに背を向け何やら手際よく調理を始めた。包丁の軽快な音や油の弾ける音が、店内のざわめきに混ざり合って心地よいリズムをつくり出す。
そんな中、隣に座っていた常連らしき男性客が、ビールを片手にこちらへ身を乗り出すようにして言った。
「ママの料理はうまいぞ〜。初めて食べたらビックリするから」
すると、その言葉を聞き逃さなかったママさんが、振り返りざまに笑いながら返す。
「何それ〜! これでも商売してるんだから、料理くらいできて当然でしょ」
そのやり取りに、周りの客たちがつられるように笑い出し、俺も思わず吹き出してしまった。
確かに、そうだよな——。けれど、その軽妙なやり取りと温かい空気が、ますますこの店を居心地よく感じさせてくれる。
「はい、お待たせ」
カウンター越しにママさんが置いてくれた皿には、香ばしい香りが立ちのぼる焼きそばがこんもりと盛られていた。
「シュウちゃん、お腹空いてるでしょ。まずは食べてから飲みな」
そう優しく言われ、思わず「はい」と返事をして箸を手に取った。
一口目を口に運んだ瞬間、驚きが走った。
キャベツの甘みとソースの香ばしさ、そして絶妙な火加減。
ただの焼きそばのはずなのに、舌に広がるその味わいは予想をはるかに超えていて、まるで家庭料理の温もりとプロの腕が同居しているようだった。
「美味い…」心の中で思わずつぶやく。
気づけば二口、三口と箸が止まらなくなっていた。
噛むたびに幸せが染み込んでくるようで、ビールを飲むのも忘れるほどだった。
そんな様子を見ていたママさんが、にやりと笑いながら声をかけてくる。
「シュウちゃん、美味しいでしょ〜?」
その自信満々な口ぶりに、少し恥ずかしくなりながらも「はい、うまいです」と素直に答える。
するとママさんは胸を張り、いたずらっぽく目を細めて言った。
「愛がこもってるからね」
その瞬間、思わず吹き出してしまった。
店内にいた他のお客さんまでつられて笑い出し、初めて来たはずのこの店が、もうずっと前から通っていたかのような感じがしていた。