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11 居場所


駅前のロータリーを抜けると、小町通りの入口が視界に入ってきた。提灯の明かりや人の賑わいがあって、なんとなく胸の奥が高鳴る。目的の店はその通り沿いにあるはずだ。


「ここだな…」


そう自分に言い聞かせながら歩を進める。初めて足を踏み入れる店だからか、少し緊張していた。だが今夜はそれくらいの緊張感がちょうどいい気もする。そんな風に自分を納得させながら店先に立ち、木製の扉に手をかけた。


ギィ、と音を立てて扉を開けると、すぐに明るい声が耳に飛び込んできた。

「いらっしゃい! 空いてるとこ座ってね」


声の主はカウンターの奥に立つ、元気そうなママさんらしき女性だった。その快活な笑顔に、胸の中にあった緊張がふっとほどけていくのを感じる。


店内は思っていたよりもこじんまりとしていて、客席はカウンターだけ。壁には常連客が置いていったらしいボトルや小さなポスターが並んでいて、温かみのある雰囲気だ。カウンターに沿って並ぶ椅子は十席ほど。ちょうど今夜は半分以上が埋まっていて、賑やかな笑い声やグラスの音が心地よく混じり合っている。


空いていた席に腰を下ろすと、ママさんがすぐにこちらに歩み寄ってきた。

「何にする?」

そう気さくに声をかけられ、迷う間もなく口が動いた。

「じゃあ、ビールをお願いします」


その一言でようやく、この店での夜が始まるんだと実感が湧いてきた。


「はい、お兄ちゃん、ビールね」

ママさんが慣れた手つきでジョッキを差し出すしてくれた。


「あぁ、ありがとうございます」

受け取った瞬間、冷えたグラスの感触に少し緊張がほぐれるのを感じた。


「お兄ちゃんは学生?」

と、唐突に投げかけられた問いに思わず笑ってしまう。


「はい」


「ひとりなの? もしかして彼女にフラれたとか?」

冗談めかして笑うママさん。その軽やかな調子に、心がくすぐられる。


「違いますよぉ〜。今日は下見です」


「なに? 下見?」


「今度、彼女と江ノ島とか鎌倉に来るんで。その下見です。あと、サークルでいつも海には来てるんですけど……前からここのお店、気になってて」


自分でも驚くほど、自然に言葉が出ていた。初対面のはずなのに、肩の力が抜けてスムーズに話せている。まるで何度も来たことがあるかのように。


「あらら、前から気にしてくれてたんだぁ。ありがとね。じゃあ、今日からもう常連さんだね」

ママさんがにこっと笑ってそう言うと、思わず苦笑いで返してしまった。


「もう、かわいいわねぇ〜。せっかく来てくれたんだから、遠慮なんてしないでね」


ぶっきらぼうに見えて、実は絶妙に人との距離を縮めるのがうまい。押しつけがましくなく、でも確かに相手を安心させてくれる。そんなママさんのコミュニケーションに、気づけば心がすっかり解きほぐされていた。


初めての店なのに、不思議と落ち着ける。ここなら自分の居場所になりそうだ。そんな予感とともに、胸の奥が少しワクワクしてくるのを感じていた。


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