10 疑問
1
車に乗り込み、エンジンをかけたものの、どうにも帰路につく気分にはなれなかった。
シートに深くもたれながらハンドルを握っていると、胸の奥にふとした空虚さが広がっていく。
「……久しぶりに、飲みに行ってみようかなぁ〜」
そう小さく呟いた。
アキラのことが片付いたはずなのに、彼の姿を見ると逆に余計なことまで思い出してしまい、考えたくもない記憶が次々と頭をよぎる。
だからこそ、今夜はひとりで静かに過ごすよりも、人のざわめきの中に紛れてしまいたい。
思いつくままに浮かんできたのは、今日の夕方気になった小町通りのバーだった。
「あそこにでも行ってみようかな」
車をサークルの駐車場に停めて、そこから歩いて店に向かえばいい。飲んだあとは車で一晩過ごし、明日の朝に帰れば問題ないだろう。
そう自分に言い聞かせるように考えをまとめると、修は少しだけ肩の力を抜き、ゆっくりと車をサークルの駐車場へと走らせた。
しばらく車を走らせると、サークルの駐車場に着いた。
小町通りまではここから歩いて十分ほど。今夜は予定もなければ、時間に追われることもない。誰に急かされるわけでもないから、気ままにのんびり向かえばいい。
そう思いながらも、どうしても頭の片隅から離れないのはアキラのことだった。
彼が口にしていた言葉をひとつひとつ思い返すと、不思議な符合が見えてくる。
まず一つは、あの屋敷に足を踏み入れたという事実。
そしてもう一つは――俺があの時、心から謝罪を口にした直後に、アキラの様子がまるで別人のように正気に戻ったこと。
偶然と言ってしまえばそれまでかもしれない。だが、こんな出来事が重なるなんて、本当に偶然で片づけてしまっていいのだろうか。
胸の奥に小さな引っかかりが残り、何度も同じ疑問がよみがえる。
そんな思索に沈んでいるうちに、気づけば目の前には鎌倉駅が見えていた。