1 プロローグ
『君と最後に出会った夏』
皆さま、お久しぶりです。
今回、新たに挑戦する作品『君と最後に出会った夏』をお届けすることになりました。
これまでの作品とは少し異なり、今回は“心霊”をテーマにした夏らしい物語です。初めて挑むジャンルではありますが、暑い季節にひんやりとした空気を感じながら、どこか切なくも温かい物語を楽しんでいただければと思っています。
舞台となるのは、海と歴史の街――鎌倉。
実際の風景を思い描きながら読んでいただけると嬉しいですが、この物語はあくまでフィクションであり、現実の人物・団体などとは一切関係ありません。
登場人物たちが出会い、心を通わせ、そして想像もしなかった不思議な出来事に巻き込まれていく――。
彼らが過ごすひと夏の時間を、読んでくださる皆さまと一緒に体験していただけたら幸いです。
最後までお付き合いいただけたら、とても嬉しく思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
茅ヶ崎 渚
『君と最後に出会った夏』
静寂を引き裂く、少年の叫び声が響き渡った。
「キャアアアッ! やめてっ……! お願い、やめてぇッ!」
声はかすれ、涙まじりに震えていた。
「ごめんなさいっ、ごめんなさい……っ……もう何もしないから……許して……!」
暗がりの中で、何かが倒れる音がした。
ガシャンッ──その拍子に、背中を強く打ちつけ、床を這いながら後ずさる。
何かが倒れた音とともに、うめくような声が響く。
「ッ……いや、ごめんなさい…… お願い、たたかないで!」
その声に、もう理性は残っていなかった。
「来ないで……お願いだ、こっちに来ないでっ!」
その顔は恐怖で引きつり、目は見えない“何か”を見開いていた。
だが“それ”は、確実に向かって、ゆっくりと──踏み込んでくる。
そのときだった。
押し殺したような、低く、にじむような声が響く。
「……あんたさえ、いなければ……
全部……うまくいってたのに……」
ガタッ
沈黙。
時間が止まったかのような静けさの中、
何かが──壊れる音がした。
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大学2年生の修は、どこにでもいる普通の青年だった。
特別目立つこともなければ、派手な遊びをするタイプでもない。
どちらかといえば、静かで落ち着いた空気を好む彼は、
今どきの学生には少し珍しい──流行から外れた、古びた喫茶店でアルバイトをしていた。
その喫茶店は、昔ながらのレトロな雰囲気を残していて、
常連客の年齢層も少し高め。
けれど修にとっては、そんな静かな空間が心地よかった。
その店で、彼と一緒に働いているのが、
高校三年生の女性・ひなだった。
ひなは、小柄で可愛らしく、明るい笑顔が印象的な女の子。
けれどその見た目とは裏腹に、しっかり者で、要領も良い。
困っているお客さんにはすぐに声をかけ、
ミスをすれば素直に謝り、フォローまで忘れない。
そんなひなは、店長や常連たちからもすっかり信頼されていて、
この店の“看板娘”的な存在になっていた。
年齢差はあれど、自然と惹かれ合ったふたりは、
誰にも気づかれないように──特に店長には絶対にバレないように──
こっそりと付き合っていた。
ひながカップを磨いているあいだ、修はさりげなく目を向け、
ひなもまた、忙しいふりをしながらちらりと修を見つめる。
そんな小さな視線のやりとりだけでも、
ふたりにとっては、十分すぎるほど幸せな時間だった。
けれど、それが“あの日”を境に、少しずつ変わり始めたのだった──。