訪れた平和と二人の決意
戦の終結から数日後――。
ベルヴァインの王宮はまだ瓦礫の山を抱えていたが、それでも城門には再建のための材木が運び込まれ、広場には労働者や市民の姿が絶えなかった。
破壊と混乱の爪痕は深い。けれども、空気には確かに希望の匂いが混ざっていた。
大広間。
黄金の装飾は所々剥がれ落ちているが、それでもそこは玉座の間としての威厳を失っていない。
玉座に座るのは、再び国を取り戻したベルヴァイン国王と王妃。そして、その前に並び立つのは、クウォールとセリィだった。
クウォールは一歩前に進み、深く頭を下げる。
「陛下、王妃殿下。……私はこの国の再建と民の生活を取り戻すため、しばらくベルヴァインに残る所存です」
その声ははっきりと響き、広間の空気を引き締めた。
続いてセリィが口を開く。
真っ直ぐに王と王妃を見据え、凛とした声で言う。
「私も……共にこの国の復興に力を尽くしたいと願っております。そして――」
一度言葉を区切り、視線をクウォールに向けた。
彼の眼差しが優しく返ってくるのを感じながら、決意を込めて続けた。
「両国の友好の証として、クウォール殿下と結婚したく存じます」
王と王妃は互いに視線を交わし、小さく頷き合った。
「……それは喜ばしい申し出です。二国の未来にとっても、民にとっても」
王妃は微笑み、しかしその目にはすでに二人の本心を見抜いているような温かさが宿っていた。
――もちろん、それは建前だ。
本当はただ、互いを失いたくなかった。
戦いの中で生まれた想いは、国境や立場を超え、揺るがないものとなっていた。
セリィはふと、自分の胸の奥を見つめる。
「セシリア」として過ごした日々は、常に仮面を被るようなものだった。
完璧な姫として、誰からも愛される存在であれと求められ、笑顔も言葉も作り物になっていった。
けれど、戦火の中で泣き、怒り、迷い、笑った自分――「セリィ」は違った。
それは素顔の自分であり、クウォールが愛してくれたのもその姿だった。
だから彼女は決めた。
もう仮面は被らない。
ベルヴァインに嫁ぐということは、国も、名前も、すべてが変わるということだ。
けれどそれは、ようやく「セリィ」として生きていけるという、新しい始まりでもあった。
クウォールはそんな彼女を見つめ、静かに微笑んだ。
まるで「もう離さない」と告げるように――。