反攻作戦
ベルヴァイン国境を越えた瞬間、冷たい冬の風がカイル――いや、クウォールの頬を打った。
その視線は遠く王都を見据え、迷いはなかった。
前進する兵の列の中で、彼は馬を進め、声を張り上げる。
「ベルヴァインの民よ! 私はクウォール=ベルヴァイン! お前たちの正統なる王子だ!」
その一声に、街路で物陰から覗いていた民衆の目が大きく見開かれる。
彼はさらに叫んだ。
「宰相はこの国を簒奪し、王を幽閉し、国を私物化した! 民を苦しめ、兵を犬死にさせるあの暴政を許すな! 共に立ち上がれ!」
彼の声は真っ直ぐに響き、雪をかぶった石造りの家々の間を反響していく。
幼い頃から国民に親しまれていたその人柄と笑顔、そして今の真剣な眼差しが、人々の胸を熱くさせた。
次第に道端から「クウォール様だ!」「本物だ!」という声が上がり、やがて農民や職人たちが鍬や木槌を手に兵の後に続き始める。
ベルヴァイン軍の中にも動揺が走った。
前線で彼の姿を見た兵士たちは、互いに顔を見合わせ、次第に剣を下ろす者が現れた。
「俺は王子殿下に従う!」
その叫びと共に、裏切りの連鎖が始まる。
そして数日のうちに王都ベルヴァインは混乱の渦に包まれ、ついに王宮の正門が破られた。
クウォールは先頭で門を駆け抜け、石畳の中庭を踏みしめて進む。
血の匂いと剣戟の音がこだまする中、彼の足は迷わず地下牢へと向かった。
分厚い鉄扉を蹴り破ると、そこにはやつれた王が鎖に繋がれ、暗闇に沈んでいた。
「……クウォール……?」
その掠れた声に、クウォールは膝をつき、鎖を断ち切る。
「陛下、私です。今こそ、自由に」
王の瞳に涙が滲み、長い幽閉生活の終わりが訪れた瞬間だった。
だが宰相の姿はどこにもなかった。
すでに国外へ逃げ延びたとの報せが入る。
残されたのは、行き場を失ったレオナルト。
彼は廊下の中央で剣を手に、クウォールの前に立ちはだかった。
「……クウォール。俺は、お前に全てを奪われた。だが……」
その眼差しは燃えていた。
「セシリアを賭けて、一騎打ちだ」
クウォールは黙って彼を見つめ、やがて低く呟く。
「……お前の気持ちは理解する。決着をつけよう」
セシリアは廊下の端から二人を見つめ、唇を噛みしめていた。
指先は固く組まれ、震えを押さえ込むように胸元で祈る。
(お願い……無事で……勝って……)
静寂の中、二人の男は剣を構えた。
その瞬間、戦場よりも深く張り詰めた空気が王宮を支配する――。