第90話 とっとと我に従えよ
「まさか、こんな化け物を討伐できるなんて……しかし、何なんだ、この骨は……? いきなりこいつの中から飛び出してきたが……」
巨大カエルの胴体から突き出した、骨を建材にした塔型の建造物を前に、夢追い亭・別邸の店主が首を傾げている。
「あ、それは僕が〈日曜大工〉っていう生活魔法で造ったやつです」
「やはりお前さんの仕業か!? 本当にとんでもないな……お前さんがいなかったら、どう考えてもこいつは討伐できなかったし、この街は確実に滅んでいたぜ……もちろん犠牲者は何人もいただろう」
「いえ、僕はあくまでサポートしただけですよ」
「……いつからサポートという言葉の定義が変わった?」
呆れる店主を余所に、僕はギアの街並みを見回す。
幸い人的な被害は出なかったものの、巨大カエルのせいで半壊・全壊した建物がいくつもあった。
夢追い亭・別邸や、僕の家もほぼ全壊している。
「まぁ、命あっての物種だ。建物なんてまた建てればいい」
「〈修繕〉」
「って、なんか見る見るうちに元通りになっていくんだが!?」
もちろん〈修繕〉を使えば、どんなに壊れていてもあっという間に元通りだ。
そうして僕は壊れた家屋をすべて直していった。
「本当に少年は便利すぎるのだ……生きていてくれたよかったのだ」
「正直、悪いやつらに狙われそうで怖いわね……」
「確かにタティが懸念する通りですの……あまりライルくんの存在が知れ渡ると、危険かもしれませんわ」
すっかりギアの街が元通りになり、残ったのは巨大カエルの死体だけ。
魔境の穴底にいたこの巨大カエル。
恐らくはギガトードの上位種だろうということで、エンペラーギガトードと名付けられたのだけれど、
「処理しようにも、体内から溢れ出た消化液が強力すぎて触れることすらままならねぇ」
「〈注意報〉! ……なるほど、確かにかなり危険ですね」
「お前さん、よくこんなのに食べられて無事だったな?」
「〈防水〉で身を守ったので」
「そ、そうか……ちなみに、お前さんの何か便利な魔法でどうにかならねぇのか?」
「そう言われても……」
店主に期待されるも、僕だってサポートできることは限られているのだ。
「あ、でも……これが使えるかも? 〈汚れ落とし〉」
巨大カエルに向かって〈汚れ落とし〉を発動する。
これはその名の通り汚れを落とすための生活魔法だけれど、消化液を「汚れ」と見なせば落とすことができるかもしれない。
「〈注意報〉の反応が薄くなってきた! さらに体内までしっかり綺麗にして、と」
やがて〈注意報〉の反応が完全に消失。
どうやら消化液を取り除くことができたようだ。
「それでこの死体はどうしますか?」
「どうって、こいつはほとんどお前さんが倒したようなもんだからな。好きに扱っていいはずだ」
「あはは、僕はあくまでサポートしただけですって」
「……」
とはいえ、カエルの素材は基本あまり売れないらしい。
商業的に利用できる部位が少ないためだ。
「せいぜい食用にできるくらいですわ。ただそれも一部の地域で食べられている程度で、すごく需要があるというわけではありませんの」
「あ、あまり食べたいとは思えないのだ……」
「珍しい種類だし、金持ちの美食家なら高く買ってくれるかもしれないわ」
「うーん、それじゃあすぐには売らずに、保管しておいた方がよさそうですね」
「……ちょっ……ちょっと……待った……」
〈小物収納〉で巨大カエルを亜空間に入れようとしたら、カーミラさんが相変わらずボソボソした声で呼び止めてきた。
「……このカエル……欲しい……」
「え?」
「ひひひひ……こいつで……アンデッドを造ったら……最高のものが……できるはず……ひひひひ……」
「あ、はい……別に構わないですけど……」
目を爛々と輝かせながら訴えてくるカーミラさんに、僕は頷くしかなかった。
そうしてカーミラさんが巨大カエルをアンデッド化させることになったのだけれど、
「我が命に応じ、冥府より還れ……〈アンデッドクリエイト〉」
「……」
「我が命に応じ、冥府より還れ……〈アンデッドクリエイト〉」
「……」
「我が命に応じ、冥府より還れ……〈アンデッドクリエイト〉」
「……」
「我が命に応じ、冥府より還れ……〈アンデッドクリエイト〉」
「……」
「我が命に応じ、冥府より還れ……〈アンデッドクリエイト〉」
「……」
何度やってもなかなか上手くいかない。
「強力な魔物ほどアンデッド化させるのは難しいのですわ」
「大丈夫かしら? アンデッド化できたとして、ちゃんと術者の命令に従うのよね?」
と、そのときだ。
ついにカーミラさんの死霊魔法が効いたのか、巨大カエルがピクリと動く。
やがて巨大なその身をゆっくりと起こしたかと思うと、
バビュンッ!
「……へ?」
吐き出した舌がカーミラさんをとらえ、そのまま口の中へと呑み込む。
「ちょっ、暴走してるのだ!?」
「やっぱり術者の命令を効いてないのよ!」
「あ、でも、お腹に開いた穴から出てきました……」
巨大カエルのお腹から転がり出てくるカーミラさん。
懲りずに死霊魔法を発動する。
「……汝を冥府から呼び戻したのは我なり……ゆえに汝……我に従え……〈ドミネイトサーヴァント〉」
どうやらアンデッドを無理やり従わせる魔法らしい。
これが効いてくれれば――
バビュンッ!
「また食べられたああああああっ!?」
その後もアンデッド化した巨大カエルに幾度となく食べられながら、カーミラさんは死霊魔法を発動し続けたけれど、まったく命令に従う気配はなかった。
「これはダメそうですわ……」
「……この巨大カエルを隷属化させるのは無謀だったようね」
「どうするのだ!? 巨大カエルが復活したと思って、みんな集まってきてるのだ!」
カーミラさんの死霊魔法のレベルでは、何度やってもこのカエルを支配下に置くのは難しいだろう。
「とっとと我に従えよ、このドブガエルがああああああっ! また冥府に戻されてぇのかよおおおおおおおおっ!?」
自棄になってキャラ変わってるし……。
「少年、なんかいい魔法はないのだ?」
「便利屋みたいな扱いやめてください……あ、でも、もしかしたら習得したばかりのこれが使えるかも? 〈ペット飼育〉!」
次の瞬間、暴走していた巨大カエルの動きが止まった。
「え、本当に効いちゃった……?」
◇ ◇ ◇
とある屋敷に侵入しようとする、怪しい三つの影があった。
「おいおい、随分と立派な屋敷じゃねぇか? ほんとにこんなところに一人で住んでんのか?」
「間違いねぇよ。何度も確認したからな。マジで信じられねぇくらいの美少女だぜ」
「こう広い屋敷だと、助けを呼んでも外には聞こえねぇ……くくく、好き放題やれそうだなぁ……」
十年前の魔物災害から復興し、かつての住民たちが戻りつつある獣人都市フェリオネアだが、同時に様々な問題も生じていた。
その一つが、良からぬ考えを持つ者たちもまた、この都市に入り込んできていることだ。
とりわけ幼い頃にフェリオネアから避難した者たちの中には、見知らぬ土地で生きていくために犯罪に手を染めた者も少なくない。
そんな彼らが再び故郷に戻ってきたとして、すぐには真っ当な生き方ができるはずもなく。
屋敷に侵入しようとしているこの三人組も、そうした者たちだった。
「警告。関係者以外の立ち入りを禁ず」
「ん? 何か言ったか?」
「いや?」
「……気のせいか」
庭に足を踏み入れた彼らは、やがて建物の入り口ドアに近づくと、強引にこじ開けようとして、
「不法侵入者と判断。捕縛します」
「「「へ?」」」
バンッ!!
いきなり飛来した網が、三人組に絡みつく。
「何だ、これは!?」
「くそっ、ぜんぜん取れねぇ!」
「どうなってやがんだ!?」
身動きが取れなくなった彼らの元へ、一人の少女が姿を現した。
白銀の美しい髪に、彫刻のように整った顔立ち……思わず目を見張るほどの美少女だ。
その美少女――シルアは三人組を冷たい目で見下ろしながら呟く。
「これ、たぶんライルの仕業よね? ……それにしても、せっかく復興が進んでいるというのに、こういう輩が増えてきてなかなか物騒だわ。何かいい方法ないか、今度またライルが来たら相談してみようかしら。例えば……そうね、犯罪者の居場所を特定できる生活魔法とか……もしくは、こういう連中を意のままに従わせられるような生活魔法とか?」
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